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2023年11月 5日号
社会 藤井8冠のわずかな「弱点」と師匠が浸る「東海棋界」の感慨
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 将棋で史上初の8冠を達成した藤井聡太名人(21)の出身地・愛知県瀬戸市は沸いた。ところが、意外なデータがある。「藤井人気」もあり、今ではタイトル戦ともなれば、会場近くに大盤解説会場などが設けられ、開催地はお祭り騒ぎになるが、藤井名人は地元である名古屋市や愛知県で行われるタイトル戦の戦績が〝今一つ〟なのだ。

 名古屋でのタイトル戦は、初防衛がかかった2021年6月の王位戦第1局で豊島将之九段(33)=当時は竜王と叡王の2冠=に黒星。3冠目を果たした同年8月の叡王戦も、第4局で豊島九段に敗れた。今年4月には叡王戦第2局で菅井竜也八段(31)に敗れた。

 藤井名人の名古屋でのタイトル戦は通算5勝3敗で、勝率なら6割2分5厘となる。開催地を愛知県内に広げると7勝4敗の6割3分6厘。対して、通算の勝率は8割3分を超え、タイトル戦でも8割4厘(10月18日の竜王戦第2局終了時点)という驚異的な勝率を考えると〝低さ〟は目立つ。ただ、6割台でも十分立派な数字ではあるが......。

 そんな藤井名人は8冠達成の2日後の10月13日夕、日本将棋連盟の名古屋将棋対局場があるミッドランドスクエア(名古屋市)で師匠の杉本昌隆八段(54)と「凱旋(がいせん)記者会見」に臨んだ。

 快挙達成の安堵(あんど)からか、いつもより応対が柔らかかった藤井名人。その中で地元記者から「藤井8冠は、こちらでの対戦成績がよろしくないのですが?」と質問が出た。藤井名人は「痛いところを突かれてしまいました。なぜかはわからないですけど」などと苦笑しながら答えた。

 そんな弟子との会見で、杉本八段は感慨に浸りながら、このように語った。

「板谷先生はタイトルを八つも持ってこられて困ってるかな。近いうちに弟子たちと墓参りに行きたい」

「板谷先生」とは杉本八段の師匠だった板谷進九段。名人戦・順位戦で最高峰のA級に6期も在籍した名棋士だ。「東海地方にタイトルを持ってきたい」が口癖だったが、自らはタイトル獲得ならず。1981年の棋王戦では「3人の名人」(大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人、谷川浩司十七世名人)に勝ちながら挑戦者決定戦で敗れ、タイトル挑戦にも届かなかった。そして、杉本八段が19歳だった88年、実に47歳の若さで亡くなった。

 杉本八段は、2020年7月に藤井名人が渡辺明九段(39)=当時は王将、棋王、棋聖の3冠=から棋聖を奪取して初タイトルを獲得した時も、藤井名人から見れば大師匠に当たる板谷九段の墓参りを一緒にした。今年3月には藤井名人は、大師匠が最も近づいたともいえる棋王を渡辺九段から奪取。さらに名人、王座も手中にして全8冠を東海地方にもたらした。

 メディアに引っ張りだこで、いつも笑顔を絶やさない杉本八段。筆者は18年3月に藤井名人との「師弟対決」を取材する機会があった。千日手指し直しの激戦の末に敗れたが、弟子を称賛しつつも心底悔しそうだった顔が忘れられない。当時は七段(藤井名人は六段)で、50歳を超えても昇段するなど向上心は衰えない杉本八段。今度はどう自らの師匠の墓前に報告するのだろうか。

(粟野仁雄)

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