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2019年7月14日号
家庭内暴力で追い込まれるひきこもり家族の生き地獄
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◇自立支援業者 被害者が語る「惨状」

ひきこもり問題が新たな局面を迎えている。ひきこもる子による家庭内暴力で追い込まれた親が、民間の自立支援業者にその子を預けることで深刻なトラブルが続発しているというのだ。訴訟に発展するケースもあり、今後さらに被害が拡大する恐れがある。

川崎市で児童・保護者20人が被害に遭った殺傷事件、そして東京都練馬区で元農林水産省事務次官が長男殺害容疑で逮捕された事件から1カ月。列島に衝撃を与えた二つの事件の余波は、ひきこもる本人やその家族たちの間で、今も続いている。
全国に53支部を持つKHJ全国ひきこもり家族会連合会(東京都豊島区、伊藤正俊・中垣内(なかがいと)正和共同代表)の本部への電話相談は、事件前に比べて最大40倍ほどに増えた。ひきこもり者を抱える家族からは、「自分の子も事件を起こすのではないか」「攻撃が自分に向かうのではないか」といった不安が寄せられる。当事者たちからも「ますます外に出られなくなった」という悲鳴とともに、「同じような悩みを持つ人に出会いたい」「居場所の情報が欲しい」といった問い合わせが相次いでいる。きょうだいや親族からの問い合わせも多く、ほとんどが初めて電話した人たちだという。
孤立している家庭は全国各地にいる。「死にたいなら一人で死ね」「ひきこもりは不良品」といった心ないひと言は、悩みを抱えて切羽詰まっている家族を追い詰め、新たな悲劇を誘発しかねない。一触即発の事態は今も続いている。
本誌で度々取り上げてきた「8050(はちまるごーまる)問題」「7040(ななまるよんまる)問題」。高年齢化した当事者と高齢の親が共倒れとなる危機を表す言葉が、二つの事件の家族に当てはまる。
そもそも、自治体のひきこもり相談の窓口の多くが、子ども・若者育成支援推進法を根拠とした、「青少年」「子供」「若者」「就労」の支援を掲げ、長年40歳以上の相談を受け付けてこなかった。
中高年の本人が、公的相談機関の窓口に勇気を出して電話しても、年齢を理由に断られたり、キャリアカウンセラーなど専門的な資格を持つ人たちから「精神科に行ったら」と言われたりする。親が相談に行っても、「育て方が悪い」「なぜここまで放置したのか」などと責められ、親たちも諦めてしまう。
特に、「ひきこもりは恥だ」と考える親世代は相談の声を上げづらく、存在自体が周囲から見えにくい。元農水次官のような家庭内暴力に悩む家庭なら、なおさら孤立しがちだ。
同家族会の境泉洋(もとひろ)・宮崎大准教授による17年度の調査では、家庭内暴力に遭っている家族は3・3%。過去の暴力も含めれば、22%と跳ね上がるが、「ひきこもり」が原因で事件や暴力を起こすのではないだろう。
当事者を取材すると、人との交流を避けるのは、優しく、真面目で、他人に迷惑をかけたくないという思いが人一倍強い心性によることが多い。過去に心の傷を負うような出来事があり、人や社会に追い詰められながらも、なんとか生きるための手段として、ひきこもらざるを得なくなっている一面がある。
そうした人たちが、ひきこもっているというだけで、外に飛び出して無差別に危害を加えるといった行動に出るとは考えにくい。親が話を聞いてくれない、話をしても親の価値観を押し付けられる、虐待を受けてきた等々。暴力に至る背景には、それぞれの家庭内での歴史が隠されている。

◇追い詰められた親が「丸投げ」

1990年代に「社会的ひきこもり」の言葉を生み出し、不登校やひきこもりの問題に長年取り組んできた精神科医の斎藤環(たまき)・筑波大教授(社会精神保健学)がこう話す。

「家族が本人の人格や状況を否定する言動をすれば、DVにつながる環境が生まれやすくなる。ただ、その場合も内向きの攻撃性であり、ひきこもりの犯罪率は低い。家庭内暴力は家庭でなくせる。暴力は拒否しつつ、本人の思いに徹底的に耳を傾けるなどの方法を広めたい」
30年以上ひきこもりの家族たちの相談に乗ってきた、SCSカウンセリング研究所の臨床心理士、池田佳世さんも、対処法をこう話す。
「家庭内暴力が起きたら、親にはホテルでも知人宅でも、ひとまず逃げてもらっている。ひきこもりの子は、親を攻撃したいわけではないので、追いかけない。大事なのは、離れる際に『あなたを捨てるわけではない。暴力が怖いからだ』と理由を伝えることです」
さらに、家族以外の第三者の介入を必要とする場合、親ではなく、当事者の味方をする姿勢がカギになるという。
「当事者とすれば、暴力も表現の一つ。それまで不満や思いを口にできていれば、暴力になりにくいが、その機会を親に奪われている場合もある。親には、きちんと『聞く』というコミュニケーションをやり直しましょう、と指導している」(池田さん)
とはいえ、こうした家庭内暴力への対処法は、ひきこもりの相談窓口でもあまり知られていないのが現実だ。また、当事者が介入を受け入れたり、家族内の関係を結び直したりするには時間がかかる。ゆっくり進めるのが基本だ。ところが、追い詰められた親たちが、子の意思を無視して民間の自立支援業者に連れ出してもらうなど対応を丸投げすることで、思わぬトラブルに巻き込まれるケースが起きている。
ここ数年、ひきこもり者の自立支援を謳(うた)う民間業者が、ひきこもる子供の家庭内暴力などに悩む家族に目をつけ、当事者を家族から引き離し、高額の費用を請求するケースが増えているというのだ。引き離されたひきこもりの子供は施設で軟禁状態に置かれ、満足に食事を与えられないこともあるという。
全国のひきこもり者が100万人を突破(内閣府調査)するなどの社会情勢を背景にして、民間の自立支援業者によるトラブルが目立ってきたわけだ。

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