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2019年6月30日号
老後2000万円問題「100年安心」の大ウソ 国民憤然!年金制度の断末魔
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▼舛添要一元厚労相が「消された報告書」を読み解く

▼「老後の安心」の不都合な真実

臭いものに蓋をするとはこのことか。夫婦の老後資金が公的年金以外に「30年間で約2000万円必要」と試算した金融庁の報告書。あろうことか政府は大衆の面前で堂々と「もみ消し」に走ったのだ。一体全体、「100年安心」の年金は大ウソなのか―。

4月12日、金融庁の特別会議室で開かれた、金融審議会の「市場ワーキンググループ」。金融や社会保障に詳しい大学教授やエコノミストら約20人の委員を前に、厚生労働省の企業年金・個人年金課長が次のように説明した。
「引退して無職となった高齢者世帯の家計は、主に社会保障給付により賄われています。現在、高齢夫婦無職世帯の実収入20万9198円と家計支出26万3718円との差は月5・5万円程度となっております」
社会保障給付とは年金のこと。資料を基にしたその収支不足が左である。厚労省のこの説明が、後に金融庁の「高齢社会における資産形成・管理」報告書で試算された「老後資金2000万円」につながっていく。報告書にはこうある。
〈夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職の世帯では毎月の不足額の平均は約5万円であり、まだ20~30年の人生があるとすれば、不足額の総額は単純計算で1300万円~2000万円になる。この金額はあくまで平均の不足額から導きだしたものであり、不足額は各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なる。当然不足しない場合もありうるが、これまでより長く生きる以上、いずれにせよ今までより多くのお金が必要となり、長く生きることに応じて資産寿命を延ばすことが必要になってくるものと考えられる。重要なことは、長寿化の進展も踏まえて、年齢別、男女別の平均余命などを参考にしたうえで、老後の生活において公的年金以外で賄わなければいけない金額がどの程度になるか、考えてみることである〉
平均寿命が延び、生涯で必要な生活費の総額が増える一方、少子高齢化で将来受け取る年金が今より減るという事実をデータで示し、人生の早い時期から計画的な資産形成に励むよう促している。金融庁の狙いはともあれ、「消えた年金の悪夢」のトラウマを抱える安倍晋三政権への"忖度(そんたく)"が足りなかったらしい。「老後資金2000万円」が独り歩きしたのだ。
政府・与党の迷走ぶりが騒動をさらにエスカレートさせた。報告書を巡り、麻生太郎副総理兼金融担当相は「政府の政策スタンスと異なっている」と受け取りを拒否したのだ。諮問した大臣が受け取りを拒否するとは前代未聞だが、政府・与党からは「報告書はもうない」とトンデモ発言まで飛び出した。参院選の公示が近づく中、なりふり構わず幕引きを急ぐ姿は目に余るが、野党は2007年参院選で自民党を大敗に追い込んだ「消えた年金問題」を念頭に「消された報告書」と徹底追及の構えである。

◇「あの頃は月4万5000円ほど」

思い返せば12年前、先の「消えた年金問題」で火中の栗を拾わされた人物がいた。舛添要一元厚生労働相(70)である。07年参院選で自民党が惨敗した直後の8月、厚労相に就任し、自民党が民主党に政権を明け渡した09年9月まで務めた。無責任なデータ処理をしていた社会保険庁を解体して日本年金機構を発足させ、「ねんきん定期便」の送付を始めるなど問題解決に取り組んだ。その功績を買われてか、「首相候補」に名前が挙がったこともある。

浮き沈みの激しいその後の人生はご存じの通り。14年2月に東京都知事に就任したが、政治資金の支出などを巡る「公私混同問題」で都政を混乱させた責任を取り、16年6月に都知事を辞任。自著『都知事失格』でその内幕をすべて明かしている。表舞台から姿を消して3年、年金問題を知り尽くす舛添氏を直撃すると、こう語り出した。
「私の厚労相時代から、毎年同じような話はありました。あの頃は月5万円まではいかず、月4万5000円ほどでしたね。収支を計算すれば足りないことは確かでしたが、金融庁の報告書のように『かけ算』はしませんでした」
それもそのはず。厚労省が基にしているのは、毎年まとめられる総務省の家計調査である。6月13日の野党合同ヒアリングでも厚労省の担当課長は「我々はこのような単純な議論はやらない」と述べた。厚労省は年金問題で散々たたかれてきた経緯があり、「月の収支不足×残りの人生」を単純にかけ算すれば、"老後赤字"が膨れ上がるように映り、批判を浴びることは容易に想像できたのだろう。舛添氏がこう続ける。
「つまりは金融庁が安倍政権に"忖度"しなかったということです。審議会の委員は御用学者を並べがちですが、麻生氏が報告書受け取りを拒否したということは、御用学者ではなかったという証明で、委員は胸を張るべきです。金融庁の報告書は、長寿化の諸問題を指摘したもので評価されていい。それを政争の具に使う野党も、それに同調する与党も無責任極まりない」
数々のデータを用いて、国民に「長生きリスク」へ備えるための警鐘を鳴らしたにすぎない―。舛添氏は報告書をそう読み解くのだ。右は報告書のデータの一部だが、舛添氏が「長生きリスク」と日本社会の課題をこう解説する。
「第二次世界大戦後に構築されたさまざまな制度は、長寿を前提として作られていない。国民年金は1961年に始まりましたが、この年の平均寿命は男性66・03歳、女性70・79歳。当時の男性は60歳で仕事を辞めた後、年金のお世話になるのは平均で約5年にすぎなかった。現在の平均寿命は約81歳。65歳で定年退職すると、約15年も年金に頼ることになる。年金制度をどう維持していくか、大きな問題になるのは当然です」
年金とは働けなくなった老後のための保険ともいえる。少子高齢化で保険料を納める現役の「支え手」が減り、年金を受け取る高齢者が増えれば年金財政が行き詰まるのは明白だ。医療技術の発達で長寿化はいっそう進展する。これは「老後の安心」を支える年金制度の不都合な真実でもある。

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