サンデー毎日

政治・社会
イチオシ
2019年5月19日号
内閣府調査が見落とした女性ひきこもりの無念 
loading...

◇「私たちは透明人間じゃない!」

内閣府は40代以上の中高年世代でひきこもり状態にある人の実態調査を初めて行い、驚愕の推計値を発表した。ところが、実態が反映されていない可能性が浮上している。「透明人間」扱いされたのが女性たちだ。内閣府に対し、当事者も怒りの声を上げているのだ。

ひきこもり状態にある40歳から64歳までの中高年の人は全国で推計61万3000人―。3月末に内閣府が発表した調査では、改めて深刻な実態が浮かび上がった。根本匠厚生労働相は3月29日の定例会見で「大人のひきこもりは、新しい社会的な問題、課題」と述べた。これは、政府が「個人の問題」から「社会的な問題」へと視点を転換させる発言だ。これまで若年層偏重の支援や相談を行ってきただけに、今後は制度の枠組み自体を根底から変えていく必要がある。
内閣府が若年層(15~39歳)のひきこもりの人が全国で推計54万1000人とする調査結果を発表したのは、2016年9月のことだった。ところが、40歳以上を調査の対象外としたため、「ひきこもりの全体像が明らかになっていない。対象を広げるべきだ」との批判を浴びた。世論に突き上げられる形で実施した今回の約61万人と併せると、「全国で100万人以上の人がひきこもっていることがわかった」(内閣府の北風幸一参事官・青少年支援担当)。
しかし、これまでの全国の自治体や家族会の調査、当事者、メディア、専門家たちが発信してきた情報をみれば、ひきこもりの中核層が中高年であることは、10年来の常識だ。政府がひきこもりの実態をつかんだのが、どこよりも遅かっただけといえる。
全国53支部で構成するKHJ全国ひきこもり家族会連合会(以下、KHJ家族会)が、地域家族会に参加する家族を対象にした継続調査では、今年は40歳以上の当事者の割合が、15年前に比べて10倍以上に増えた。50歳以上の割合は5%を超え、最も高かった。
支援の対象外とされ、長年にわたって文字通りの孤立無援状態で苦しんできた中高年のひきこもり当事者たちは、今回の中高年世代の実態調査には手厳しい。
「2年半前の(内閣府)調査の時だって、40歳以上の私たちは存在しないことにされた。大人のひきこもりが『新しい課題』だなんて、寝言としか思えない」
こう話すのは、千葉県の成田優子さん(仮名、42歳)。成田さんは高校2年の時にひきこもり始め、退学。強迫性障害と診断され、就労できない状態のまま20年以上が経(た)つ。「前回調査(若年層調査)の当時から、40歳以上でひきこもる人は大勢いた。いないことにされてきたと思うと、強い疎外感を覚える」と話す。

◇きっかけは退職、人間関係...

それでは、ここで今回の内閣府の最新調査をおさらいしよう。内閣府によると、年齢の内訳は40代が38%、50代が36%、60代が26%。ひきこもりになった年齢が39歳以下の人はおよそ4割にとどまり、40歳以上は6割にものぼった。ひきこもり期間は「5年以上」が5割を超え、「10年以上」だけでみても36%と4割近くを占めた。30年以上の人もいた。「性別」では、男性が約8割で4分の3以上を占めた。「精神的な病気」も多く、「就労状況」については「無職」が約8割近くに達した。

一方、ひきこもり者のほとんどが、正社員を含めて働いた経験があることも分かった。これは若年層の調査結果と大きく異なる。現在就労していない人に対して就職や進学の希望を尋ねた質問への回答は、「希望していない」が約6割。実際に就職活動をしているという回答は約1割だった。
「ひきこもったきっかけ」(複数回答)では、最も多かったのが「退職」。次いで「人間関係がうまくいかなかった」「病気」「職場になじめなかった」が挙がった。ここで見えてくるのは、就労してもつまずき、疲弊し、職場を辞めた後も社会参画に意欲を持てないでいる人たちの姿だ。
青森県弘前市に住む神譲さん(51)も、退職をきっかけにひきこもり、「気づいたら30年経っていた」という。神さんは高校卒業後、県外のスーパーに就職したが、ある日を境に同僚らから無視されるようになった。調べてみると、小・中学生の頃にいじめを受けていた事実が職場で広まっていたことが分かった。
「私の出身中学に人事担当者が電話をかけ、いじめられていた話を聞き、それが職場に漏れたようです。しばらく頑張っていましたが、人間不信に陥り、地元に帰ることにしました」
さらにこう続けた。
「もちろん、このままでいいとは思っていない。就労したいと思うが、履歴書が白紙というカベがある。(行政は)すぐに働けと言うが、『働け』『カネ稼げ』という言葉を聞くと、恐怖で体がこわばって動けなくなる。家から一歩出て、話す練習をして、段階を踏みながら考えていきたい」
今回の調査対象には神さんより下の世代、1990年代のバブル崩壊以降、超就職難となった時代に学校や大学を卒業した「就職氷河期」世代の多くも含む。これまでは「本人の甘え」「家族の甘やかし」「不登校の延長」「青少年の問題」などと説明されてきた半面、今回の実態調査の結果は、ひきこもりが「社会の事情」と切り離せない問題であることを示している。

うさぎとマツコの人生相談
週刊エコノミストOnline
Newsがわかる
政治・社会
くらし・健康
国際
スポーツ・芸能
対談
コラム