サンデー毎日

コラム
青い空白い雲
2019年9月 1日号
良薬は口に苦けれども病に利あり!でも「経済毒性」が?
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牧太郎の青い空白い雲/731

友人が「加齢黄斑(おうはん)変性という病気になった」という。初めて聞いた名前だが、厄介な"目の病"らしい。

網膜は目から入ってきた光を電気信号に変換して脳に伝える。その結果、人間はモノが見える。

その網膜の中心部にあって、モノの色や形などの情報を識別する視細胞が集中しているのが「黄斑」。その部分が加齢で何らかの障害を受けると、モノが歪(ゆが)んで見えたり、中心部が黒く見えたりする。これが「加齢黄斑変性」である。

「加齢黄斑変性」の患者は日本に約70万人。50歳以上の80人に1人が発症する。欧米では「失明原因の第1位」と言われている「厄介な病気」らしい。

「効果的な治療法がないらしいんだ。それでも、最近、目に直接注射することができるようになったんだけど......」と友人。「治るなら良いじゃないか?」と励ますと、彼は「カネがかかるんだよ」と浮かぬ顔だった。

「俺より倍ぐらい高い退職金を貰(もら)っているのに、相変わらずケチなんだから」と冗談を言って、別れたのだが......たまたま、翌日、某夕刊紙のインタビュー記事で、プロ野球解説者・江本孟紀さんも、この病にかかっていることを知った。

江本さんは「年金しか収入がない人は、効くかどうかもわからない治療のために、1回5万円の治療なんてきついですよね」と話している。1回の注射が5万円?

確かに、高額だ。

   ×  ×  ×

医療関連雑誌などで、患者がこの「厄介な病」の治療で支払う医療費を調べてみた。

「ヘンだなあ?」と気づき、眼科に行く。初診料850円。眼底三次元映像解析が600円などで、計3040円支払う。

1週間後に精密検査。再診料が220円。眼底カメラ撮影1200円などで、計2410円。

さらにその1週間後に、いよいよ白目への注射。江本さんは「麻酔をするので痛くないが、怖いですよね」と話している。

で、この日、払うのは......再診料220円。硝子体注射1740円、注射液が何と4万1600円! 諸々入れて「計4万4550円」を支払うことになる。

注射の効果は1~2カ月ほど持つが、これで完治というわけではない。注射は一生涯、続く。あまりの高額で、途中でやめてしまう患者も多いが、中断すると元の状態に戻ってしまう。友人が落ち込むのも、理解できる。

   ×  ×  ×

医療は確実に進歩している。例えば、分子標的薬の「イマチニブ」という特効薬の登場である。

慢性骨髄性白血病は、かつては骨髄移植をしなければ助からない病気だったが「イマチニブ」で多くの患者は病気をコントロールすることができるようになった。内服さえしていれば、健康な人と同じように生活できる。

3年前、肺がんの手術で、東京・築地の国立がん研究センター中央病院に入院した時、親しくなった女性患者(山形県からわざわざ上京して入院していた)は「お金があれば、寿命が買える時代ですよね」と話していた。

確かに「イマチニブ」はがん患者を助けた。でも、この頃、1錠3100円。これを1日2~4錠内服する。高額療養費制度の対象なので、実際の患者負担はもっと少ない金額で済んだが、それでも「貧乏人には縁のない薬」ではないのか?

一時、イマチニブの支払いが負担になり、患者が治療を中断せざるを得ないケースが続いた。友人の「加齢黄斑変性」と同じような「切実の事情」が存在する。

最近は、さらに高額な分子標的薬がいくつも登場した。免疫チェックポイント阻害剤なるものに至っては年1000万円単位らしい。

高額療養費制度などで、患者の自己負担は軽減されてはいる。それでも「高額治療」に伴う経済的な負担が、患者をじわじわと追い詰める。これを医療現場では「経済毒性」と呼ぶらしい。「良薬の副作用」のようなものである。

   ×  ×  ×

『孔子家語(けご)』には「(忠言は耳に逆らえども行いに利あり)良薬は口に苦けれども病に利あり」という言葉があるが、現代の良薬は「口に苦い」ではなく「懐に苦い!」ではないのか?

だから「厄介な目の病」にかかった友人は「良薬に近づくな!」という気分になっているんだろう。

今度、彼に会ったら「Tomorrow is another day」と言うつもりだ。山本太郎の「れいわ新選組」のように"超理想の夢"を見ようじゃないか。明日は明日の風が吹くように、誰にでも、良薬がタダになる日が必ず来る!と信じようじゃないか(笑)。

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