サンデー毎日

コラム
青い空白い雲
2019年8月 4日号
「奇跡のヒーロー」長嶋茂雄さんを聖火ランナーに!
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牧太郎の青い空白い雲/728

参院選が終わって、世の中の話題は「1年後に迫った東京五輪!」と思っていたのだが......(参院選同様?)盛り上がりに欠けている。

前回の1964年の東京五輪は「敗戦からの完全復興」を世界にアピールするため、国民が一丸になっていた。開会式の10月10日、(20歳の誕生日だったので、鮮明に覚えているが)僕はボランティアで東京・新宿で「オリンピック記念切手」を販売していた(高校2年の時、青少年団体「郵便友の会」の全国委員長をしたことがあって、郵政省と親しかった)。

選手だけでなく、誰もがそれぞれの舞台で「五輪」に参加した。

今回は......「国民一丸」がまるでない。はっきり言って、人々はその日その日の「暮らし」に疲れ果て、「五輪」どころではないのかもしれない。

元々「東京五輪」には反対だった。なぜか?と言えば、五輪の誘致は「大ウソ」から始まっていたからだ。

2013年9月、20年大会の開催地を決めるブエノスアイレスでの国際オリンピック委員会総会で、安倍晋三首相は「(福島第1原発は)アンダー・コントロール(統御)されています」と宣言した。

本当だろうか?放射性物質による住民と地域への影響は続き、家を失い、避難生活を送る人々は(その時点で)30万人近くもいたのに「アンダー・コントロール」なんて大ウソだ!

世界にウソをついてまで五輪を誘致するのは己の利益、名誉のためではあるまいか?そのために、安倍さんは約3兆円を五輪に使う。

「誘致に反対!」と言うと、利権の「おこぼれ」を期待する一部のメディアはまるで「反対する者は非国民」みたいな"扱い"をする。それにもかかわらず、あと1年になっても、東京五輪は"熱狂"とはほど遠い。

   ×  ×  ×

とはいえ、ここまで来たら、少しでも「意味ある五輪」にしたい!と思う。なぜなら「五輪が生きがい」という人がたくさんいるからだ。例えば「聖火ランナー」である。

「霊長類最強女子」の異名を持つレスリングの吉田沙保里さん。五輪と世界選手権を合わせ16連覇した彼女の「今の願い」は「開会式の最終聖火ランナーとして聖火台に火をともしたい。最終じゃなくても会場の中を走りたい」(『TVホスピタル』7月号)。それが夢である。

異色のプロレスラー、谷津嘉章(やつよしあき)さんは糖尿病が原因で、右膝下7センチから下を切断した。医師の「自分の関節を残せば、義足になっても運動できます」という言葉が支えになって、「聖火ランナー」を目指して必死のリハビリを続けている。

というのも、日本オリンピック委員会の新しい会長になった柔道の山下泰裕さんが「1980年モスクワ五輪の幻の代表選手を来年の東京五輪の聖火ランナーに起用したい」と言い出したからだ。谷津さんはアマチュア時代、76年モントリオール五輪レスリングで8位。4年後のモスクワ大会で金メダルを目指していたのだが、政治的理由で日本はボイコット。夢が断たれた。

山下会長の意向を知った谷津さんは"幻の代表枠"で、聖火ランナーに名乗りを上げた。

右半身麻痺(まひ)の身体障害者である僕には、1年後、義足のプロレスラーが颯爽(さっそう)と走る姿が見たい。

   ×  ×  ×

親しい某医大病院の名医が「ここだけの話だが、我々は長嶋茂雄さんに聖火ランナーになってほしい!と思っている」と言うのだ。

ミスター・ジャイアンツの長嶋さんは2002年12月、アテネオリンピック出場を目指す野球日本代表チームの監督に就任した。翌秋のアジア選手権で中国、台湾、韓国に勝って優勝。オリンピック出場を決めたのだが、04年3月、脳梗塞(こうそく)で倒れてしまう。右半身に麻痺が残った。アテネオリンピックでの復帰を考えたが、短期間での回復は不可能。長嶋さんは現地アテネで指揮を執ることができず、ヘッド兼打撃コーチの中畑清さんが指揮を執った。結果は3位だった。

その後、長嶋さんは元気になった。が、昨年7月、高熱と激しい腹痛を訴え、その名医がいる医大病院に緊急入院した。胆石だった。一時は「面会謝絶」になったが長嶋さんは常に「奇跡の人」。回復した。

「長嶋さんは昭和日本のヒーロー。ぜひ、聖火リレーに出てほしい。我々は全力をあげてサポートするから」と医師たちは言う。

もし、これが実現したら......それだけで2020年東京五輪は「国民のもの」になるだろう。

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太郎の青空スポットは、今号はありません。
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◇まき・たろう
1944年生まれ。毎日新聞に入社後、社会部、政治部を経て『サンデー毎日』編集長に。宇野宗佑首相の女性醜聞やオウム真理教問題を取り上げる。現在、毎日新聞客員編集委員。ブログに「二代目・日本魁新聞社」がある

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