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2020年9月20日号
社会 大阪発祥のそごうが関西撤退 最後の西神店が8月末に閉店
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午後8時、チャイム音と共にシャッターが下り始めると、「コロナどこ吹く風」とばかりに密集した人たちから29年間の営業に拍手が起きた。「イベントもいろいろあったし、ここがあるだけで楽しかった」と涙ぐむ女性も。

百貨店大手のそごう・西武は8月31日、「業績の改善を見通すことは困難」として「そごう西神店」(神戸市西区)を閉店した。これで関西からそごうの店が全て消えた。

そごうは江戸時代後期、初代十合(そごう)伊兵衛が大坂に古着店を開いたのがルーツ。維新後、大阪・心斎橋筋に移転して「十合呉服店」と改名、1919(大正8)年には本格的な百貨店を始めた。やがて神戸・三宮と東京・有楽町に進出。フランク永井の「有楽町で逢いましょう」は57年に開店した有楽町店のCMソングだった。

62年から40年近く経営トップだった水島廣雄(故人)は北海道から九州まで出店を急いだ。93年には「床面積日本一のデパート」の触れ込みで、千葉駅前に旧店舗を拡大した「そごうTOWN」を開いた。

担保法で博士号を取得し、大学教授も務めた水島は、開店用地として取得した土地を担保に巨額の借金を重ねた。しかしバブル崩壊で地価が下落、資金繰りに行き詰まった。そごうは2000年、2兆円近い負債を抱えて経営破綻。その後、西武百貨店と共にセブン&アイ・ホールディングスの傘下に入った。破綻直前まで会長だった水島は個人資産を差し押さえられた際、強制執行妨害で逮捕されている。

その後も大型商業施設やネット通信販売に客を奪われて業績は好転せず、閉店が続いた。神戸店は阪急阪神百貨店の親会社、エイチ・ツー・オー リテイリングに譲渡し、今年は徳島店を閉めた。最盛期は全国に西武百貨店を含め28店あったが、21年春には千葉、横浜、大宮(さいたま市)、広島の4店だけに。

そういえば千葉市在住時の筆者がそごうTOWNで「奮発」したのは7万円ほどの喪服だった。

(粟野仁雄)

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