サンデー毎日

対談
艶もたけなわ
2020年8月30日号
市橋浩治 株式会社ENBUゼミナール代表取締役・映画プロデューサー
loading...

阿木燿子の艶もたけなわ/314

自主製作映画ながら空前の大ヒットを記録し、日本映画史上に残る作品となった映画「カメラを止めるな!」。上田慎一郎監督や俳優陣にもスポットが当たりましたが、忘れてはならない立役者は、作品を世に送り出したプロデューサー、市橋さんです。誰もが気になる「カメ止め」のお金の話から、今後の壮大な野望まで、たっぷりお話しいただきました。

頑張っている人が夢を実現させる仕組みを世界中に作りたいんです。

市橋さんの意向はどれくらい作品に反映されるんですか?

基本的に、僕は口を出しません。火炎放射器の使用は止めましたけど(笑)。

阿木 市橋さんは2018年の大ヒット映画、「カメラを止めるな!」のプロデューサー。私、東映の岡田裕介会長から「凄(すご)く面白いよ」とお聞きして、2度、渋谷の映画館に足を運んだんです。でも満席で入れなくて。

市橋 岡田会長は初期の頃に観(み)て、沢山(たくさん)の方に話して下さったようで。

阿木 岡田さん曰(いわ)く、「製作費300万円という低予算で作った映画なんだが、これが良く出来ていて、最後まで気が抜けないんだ」と。

市橋 そんなふうに仰(おっしゃ)って頂いて、嬉(うれ)しいです。最初、上映館が少なかったので、みなさんには申し訳なかったんですが。

阿木 岡田さんの他にも、私の周りで「カメ止め」を観たという人が沢山居て、みなさん、映画の話をする時は興奮ぎみ。私も今回、頂いたDVDを「ウソー」と叫びながら観てました。

市橋 現在、僕はENBUゼミナールという、俳優と映画監督を養成する学校をやっているんですが、「カメ止め」は、そこでの映画製作プロジェクトで作られた作品なんです。ウチでは卒業生を中心に監督を選んで、俳優はワークショップ形式でオーディションを行う「シネマプロジェクト」というものをやっておりまして、完成作品をお披露目の目的で1週間くらい、劇場で上映してもらい、その中で評判が良いものは、一般公開してゆくという流れなんです。

阿木 映画に携わりたい人にとっては、夢のシステムですね。自主製作映画が一般の映画館にかかることは、滅多(めった)に無いですもの。

市橋 「カメ止め」の前にシネマプロジェクトで製作した作品は12本ありましたが、一般公開からDVDまでになったのは3本ですからね。

阿木 「カメ止め」の反響は最初から違ってました?

市橋 そうですね。公開前に「さぬき映画祭」など国内外の映画祭でかけてもらったんです。そうしたら「面白い」と仰って下さる映画関係者の方が結構居て、業界内で評判になったみたいなんです。で、最初はミニシアター2館だけで公開したんですが、たちまち行列が出来て。それがまた話題になり、拡大していった感じですね。

阿木 口コミが効いたんですね。

市橋 その頃に映画配給会社アスミック・エースさんの担当者が観て下さって「一緒に共同配給しましょう」と言って下さり、そこから東宝さんのシネコンでの上映へとつながったんです。

阿木 それにしても映画全体にエネルギーがあって、300万円という低予算で作ったとは信じられないくらい、ゴージャスでした。

市橋 割と前半は貧乏くさいんですけどね(笑)。

阿木 予算を何十億かけた映画でも、「貧しいな」と感じることも少なくないので。

市橋 それはありますね。

阿木 貧しいものを観ちゃった、と思うと凄く損をした気分になりますが、その逆だと、その日一日、ハッピーみたいなね(笑)。「カメ止め」は、大いに得した気分(笑)。それにしても、プロデューサーとして、市橋さんの意向はどれくらい作品に反映されるんですか?

市橋 基本的に僕は作品には口を出しません。ただ低予算と言っても枠があるので、その範疇(はんちゅう)に収まることと、危険なことは止(や)めてもらうくらいで。

阿木 危険って?

市橋 「カメ止め」では、監督がスプレーによる火炎放射器を使いたいと言ったので、それは止めて、とお願いしました(笑)。後は監督任せで。あの作品は監督のやりたいことがほとばしっていて、それが熱量になっている感じですよね。

阿木 それはやはり市橋さんの援護射撃があるからで。そんな、低額で出来たのは、ENBUゼミナールから機材や映画作りのノウハウの提供があったからで、そうでなきゃ、不可能ですよね。絶対出来るはずがない。

市橋 まあ、セットを組んだら、かなりかかりますからね。ロケ地の旧芦山浄水場が水戸市の持ち物で、無料で貸してもらえたのは大きいですね。ただ監督とスタッフには少ないですけど、当初から一応ギャラは払ってました。

阿木 多分、世間の関心事だと思うんですが、製作費が300万円で、総興行収入が31億円。この差額の配分はどうなったのかなと。ごめんなさい。大変、下世話なことをお聞きして(笑)。

市橋 ええとですね......(笑)。一般的に申し上げますとね、30億円の半分が映画館、つまり劇場さんですよね。そして全体の1割が配給会社の手数料となり、その残り、つまり4割がウチに来る仕組みで。

阿木 えっ、30億の4割というと、思わず声が大きくなりますが......(笑)。私、計算に弱くて(笑)。

市橋 12億円です。

阿木 本当に凄い!

市橋 あくまで売上額としてですよ。一般公開ともなると、経費とかその他諸々(もろもろ)を引くと、普通の映画並みにお金がかかるんです。最終的にはかなりの上演館数になりましたからね。そこも含めての12億円ということでして。

阿木 それにしても、競馬なら万馬券の大穴(笑)。

市橋 12億という金額があまり先走ってもあれでして、それに僕一人が会社をやっているわけではないので。ただ権利者としてはENBUゼミナールが100%で、いわゆる製作委員会というのも、作っていませんし。

阿木 その収益を役者さんにも、還元されたんですか?

市橋 はい、最終的には役者だけでなく、監督やスタッフみんなにはそれなりに出しました。

阿木 「カメ止め」は映画を目指す人達の夢ですね。まさしく「ジャパニーズドリーム」。それも「アメリカンドリーム」みたいに一獲千金狙いじゃなく、コツコツやっていた人がいつか報われるみたいな、奥床(おくゆか)しい感じが良いですね。

市橋 主役をやっていた濱津隆之君は、今はCMもやれば、テレビドラマの主役に抜擢(ばってき)されたり。あの映画に出た役者さん達にスポットライトが当たることは、プロデューサーとして、とても嬉しいことです。

うさぎとマツコの人生相談
週刊エコノミストOnline
Newsがわかる
政治・社会
くらし・健康
国際
スポーツ・芸能
対談
コラム