「私たちは人間動物と戦っている」。イスラエルのガラント国防相(当時)は2023年10月、パレスチナ自治区ガザ地区への侵攻に続き、このように宣言した。
投下される爆弾やミサイルの着弾する先にいるのは「人権のない存在」、つまり「殺してもいい存在」だと言い切ったに等しい。それは属性を背景とした差別や排除に繋(つな)がり、社会全体をむしばんでいく。国民皆兵制を敷くイスラエルでは、そうした差別概念が教育の中まで浸透し、パレスチナ人全員をテロリストと見なす傾向は強まっている。
「何の疑問も抱かず、子どもたちを戦場へと送り出す親たちもいます」
そう話すのは、イスラエルの高校で歴史や社会を教えるメイール・バルヒンさん。パレスチナ自治区ガザ地区への侵攻が始まった直後から、虐殺に反対する声をSNSに投稿してきた。
「イスラエルの人々の多くは、パレスチナ人のことを知りません。彼らのことを、顔も名前もなく、大切な人や将来への希望もない人々だと見なしています」
人権の観点から侵攻への異議を唱えたメイールさんは、直後に職を解雇され、翌月には反逆罪などの疑いで逮捕、独房に4日間勾留された。その後起訴はされず解雇も無効となったが、周囲から執拗(しつよう)な嫌がらせを受け、復職後も授業はオンラインで行わなければならなかった。
ある時、生徒たちに「人権」について教える機会があったという。そこでメイールさんはハマスやヒズボラなどに加わった人物の名前を黒板に書き、生徒たちにこう尋ねた。
「彼らにも人権があると思う?」。すると生徒たちは「彼らに人権なんかない」と答えたという。
「なぜ? と聞くと、『彼らは人間ではないから』と答えました。けれど、〝人間ではない〟とはどういう意味でしょうか? 人権とは、人間性や行いによって定義され与えられるものではなく、誰にとっても普遍的なものです」
メイールさんへの嫌がらせは後を絶たないが、隠れて連絡をくれる生徒や教員たちもいる。ある教師は「個人的にはあなたに賛同しますが、職を失うわけにはいきません」と言った。
政府を批判すれば、社会的な制裁が身に降りかかることを恐れているのだ。こうした息苦しい社会の中、「高校を卒業したら国を出る」と語る生徒もいた。
しかし、その何百倍もの憎悪のメッセージが、日々メイールさんの元へ届く。中には「家族を皆殺しにしてやる」という脅迫もあった。それでもメイールさんは、人権について語ることを止めない。
「人間は人間です。良い面もあれば、悪い面もある。礼儀正しくユーモアがあり、ポジティブな側面がある一方で、非常に残酷になることもあります。しかしどんな人間でも、人権を持つ権利があります。だからこそ、あなたが賛同できない人の人権のためにも、声をあげる必要があります。人権は、自分が好きな人のためにあるものではない」
(佐藤慧)