阿木燿子の艶もたけなわ/310
かつてはアイドル的な人気を集める若きスターとして、今は明るく親しみやすいキャラクターで、時代を超えて愛される、渡辺さん。愛妻・榊原郁恵さんとの〝最悪〟な出会いや「太陽にほえろ!」の思い出のほか、硬派な演劇人としての顔、またお笑いライブの主宰という意外なライフワークの話まで、幅広いお話を聞かせてくださいました。
◇妻との出会いは、お互いに第一印象が最悪だったんです。
◇石原裕次郎さんから、「家をやろうか」と言われたことがあったとか?
◇嬉しかったんですが、月々の電気代が400万円もかかる豪邸で無理でした(笑)。
阿木 渡辺さんとは「初めまして」ですが、馴(な)れ馴れしくも、今日は〝徹さん〟と呼ばせて頂いてよろしいでしょうか?
渡辺 何でも結構です。〝ブタ〟でも〝デブ〟でも(笑)。
阿木 そんなぁ(笑)。
渡辺 ウチの女房は榊原郁恵なんですが、今回はとても羨ましがられました。「阿木さんに会えるなんて、役得」って。
阿木 よろしくお伝え下さい(笑)。そう言えば、ホリプロのアイドルの方の詞を沢山(たくさん)書かせて頂きましたが、郁恵さんとは御縁がなくて。当時の郁恵さんは若さ一杯(いっぱい)、元気一杯。で、私、同じアイドルでも山口百恵さんのように、ちょっと陰のある方からのオーダーが多かったもので。
渡辺 まったくウチのヤツは、陰がなくて(笑)。今日、女房が「お父さん、阿木さんにお願いして、詞を書いてもらいなよ」と言ってたんですが、僕もまったく陰がないタイプで。すいません(笑)。
阿木 別に謝らなくても(笑)。でも陰のないお二人の組み合わせって、毎日が楽しそうですね。
渡辺 結婚して、30年以上になるんですけどね。
阿木 もう、そんなに。
渡辺 まあ出会いというのが......あの、勝手に話していいですか?
阿木 どうぞ、どうぞ(笑)。
渡辺 僕は茨城県の田舎育ちなんですが、高校生の頃、自分の部屋に郁恵ちゃんのポスターを貼ってたんです。もっとも、このことは母親に言われるまで、忘れてたんですけどね。
阿木 じゃ、もともとファンでいらした?
渡辺 ただ僕、この世界に入るきっかけが、俳優志願というより、共同作業で何かを創り出すのに憧れて、文学座を受けたんです。それまで芸能界は華やかな世界というイメージがあったんですが、実際は地味もいいところで。
阿木 とくに劇団の場合は、そうですよね。ほとんどの人がアルバイトをしなくちゃ、食べられない。
渡辺 僕の上には、桃井かおりさん、松田優作さん、中村雅俊さんなんかがいらしたから、さぞかしキラキラした世界かと思ったら。
阿木 思惑が外れた?
渡辺 もう地味なんてもんじゃない。舞台を作る平台ってあるじゃないですか。あの持ち方から教わるんです。そして、大工さんが持つガチ袋(=道具袋)を渡されたんです。それも僕専用のヤツを。
阿木 マイガチ袋?(笑)。
渡辺 そうです。でも人間って、どんな状態の中でも楽しみを見つけるものなんですね。そのうち「この板には五寸釘(くぎ)を何回で打ち込めるか」みたいなことに生き甲斐(がい)を感じるようになって。だけど先輩からは、「お前の『はい』の言い方は何だ。人を馬鹿(ばか)にしているように聞こえる」みたいなことで注意されたり。
阿木 お芝居で注意されるなら、まだしもね。
渡辺 本当に。何でこんなことで叱られなくちゃいけないのか、と思ったりね。それでも気分だけは〝演劇人〟風に染まってゆくんですけどね。人の芝居を観に行った帰り道、友達とその感想を熱く喫茶店で語り合ったり。「リアリズムとは」とか。
阿木 青春ですね。そんな徹さんがいきなりテレビの「太陽にほえろ!」の刑事役に大抜擢(ばってき)されたでしょう。天と地ほど、世界が変わったんじゃないですか?
渡辺 正直言って、それはありましたね。
阿木 当時の「太陽~」は大変な人気番組で、若手の刑事さんが殉職した後、次に誰がキャスティングされるか、マスコミの注目の的。
渡辺 僕は子供の頃から「太陽~」の大ファンでしたから、最初にお話を頂いた時は、ピンと来なくて。それまで何しろ、ガチ袋ですからね(笑)。
阿木 石原裕次郎さんと、最初にお会いになった時の印象って?
渡辺 よく覚えていないんです。眩(まぶ)しくて直視できなかったし、緊張のあまり、ずーっと耳鳴りがしていたもので。
阿木 徹さんの方からの、第一声は何て?
渡辺 丁度(ちょうど)、ボス(石原さん)が病院に検査入院なさっていて、病室をお訪ねしたんです。何人か周りに人が居て、ボスはベッドに座っていらっしゃったんです。失礼があっちゃいけないと、直前まで挨拶(あいさつ)の練習をしていたんですけど、直接お目にかかったら声が上ずって「よろしくお願いします」としか言えませんでした。
阿木 そりゃ、そうですよね。何しろ、裕次郎さんは大スター。
渡辺 その後、ボスはすぐ周りの人との話に戻っちゃって。僕、どうしていいか分からず、立っていたんです。そしたらボスが「悪いけど、みんな、席を外してくれ」って。だから僕も出て行こうとしたら、「君は残れ」と。
阿木 緊張したでしょう?
渡辺 僕はまだ19歳で、田舎から出てきたばかりですからね。風の噂(うわさ)では、芸能界って、何があっても不思議じゃないから、ここは僕の方からベッドに入るのが良いのかな、なんて変なことを考えたりして。
阿木 それ、考え過ぎ(笑)。
渡辺 ただ、それくらい緊張していて。でも、本当にそうしなくて良かったです。
阿木 そうですよ、もし、そんなことをしたら......。
渡辺 今の僕はないと思います(笑)。その時、ボスは僕のすぐ近くまで来てくれて「君が渡辺徹君か。よろしく頼むな。同じ俳優同士、ライバルだからな、負けねえぞ」と仰(おっしゃ)って、僕の手をギュッと握り締めてくれたんです。
阿木 うわっ、素敵(すてき)なお話ですね。
渡辺 ボスは無類の照れ屋なんです。だから大勢の人の前ではなく、直接、僕に言ってくれたんです。あの時、ボスのこと、やはり凄(すご)い人だなと思いましたね。