阿木燿子の艶もたけなわ/305
現役時代は「オリンピックでメダルが取れたら死んでもいい」と思っていた田中さん。しかし栄光から一転、現役生活が終わった後の人生の長さと空しさに直面......。そこで一念発起し、アスリートだけでなく一般の私達にも役立つメンタルトレーニングを学び、広く伝えています。そんな田中さんの手で、阿木さんの心の「コリ」も丸裸に!?
◇「感情」と「思考」の存在に気付き調整することが重要なんです。
◇パートナーの小谷さんばかり注目される状況を、どう感じていらしたんですか?
◇本当はずっと彼女に憧れてたんですが、ライバルに憧れるという葛藤が苦しくて。
阿木 田中さんは元シンクロナイズドスイミングの選手、そしてソウルオリンピックの銅メダリスト。小谷実可子さんと一緒に表彰台に上られたご様子が、今も記憶に残っています。現在はフランス出身の方と結婚をなさり、スポーツのメンタルトレーナーでいらっしゃいますが、お名前が〝田中ウルヴェ京〟と長いので、今日は何とお呼びしたら良いのかと?
田中 戸籍上は、ウルヴェ京なんですけど仕事では、旧姓の田中を残してるんです。
阿木 じゃ、〝京さん〟で。
田中 その方が私も落ち着きます。
阿木 オリンピックの開催が来年に延期されて、選手のみなさんは、かなり動揺したのでは。
田中 いろいろですよね。中には延期になって、ラッキーだと思っている選手も居たでしょうし。
阿木 それとは逆に、今回の東京オリンピックを最後に、引退を考えていたようなベテランにとって、1年は長いですよね。
田中 延期の発表があった後は、ショックで暫(しばら)く食事が喉を通らなかった、という選手も居ました。
阿木 メダルを狙うようなレベルの選手だと、技術もさることながら、最終的にはメンタルがモノを言う気がしますが、今はかなり精神の部分も、科学的に考えられているんでしょうね。
田中 そうですね。昔ながらの〝根性〟をきちんと理論化すると、科学的根拠のある〝根性〟になるので。
阿木 テニスのように持続力の必要な競技と、瞬発力がモノを言う陸上では、メンタルの鍛え方が違うでしょうし。
田中 ただ、どの競技にも共通するメンタルトレーニングというのは有ります。まぁ、それを一言で言うと「感じる心」と「考える心」なんですけど。心と言うと漠然としますが、感情としての心と、考える、つまり思考ですね、この両者の存在に気付き、それをきちんとコントロール、つまり調整することが、大事なんです。
阿木 ということは、かなり自分を客観視しないといけない。今、自分は感情で動いているか、思考回路を働かせているか。それが分からないと「何で私はこんなにイライラしているんだろう」になる。
田中 仰(おっしゃ)る通り。なので私は、選手達には、この2つを記録するように、アドバイスしてるんです。
阿木 私、昨夜、京さんがお書きになった『1日10分で〝なりたい自分〟になれる「幸せ習慣」の作り方』を読ませて頂いたんです。それで、さっそくそこで解説されていた心のグラフを作ってみたんですが、綺麗(きれい)な形にならなくて。
田中 いえ、それで良いんです。最初から綺麗だったら、気持ちが悪いです(笑)。その形のいびつさが、その人の個性につながるので。
阿木 それをお聞きして、ちょっと安心しました(笑)。でも、どうなんでしょう。欧米だとセラピストって身近な感じがしますが、日本ではメンタルに支障を来しても、専門家に診て貰(もら)おうとは、なかなか思わない。
田中 心って見えないものですからね。心へのアプローチは、セラピーなどのカウンセリングとトレーニングでは違うし、様々(さまざま)な資格の領域があるんですが、こういった専門家の位置づけが、日本では一般的に知られていません。それに診る方も、カウンセラーと名乗っていても、3カ月、それらしきセミナーを受けただけ、なんていう人も結構居ますし。
阿木 日本では下手したら〝当たる当たらない〟の占いと一緒になってしまう。
田中 私の場合は、1992年から勉強を始めたんですが、認知して貰うまで結構、時間がかかりましたね。始めて10年間くらいは「京は胡散(うさん)臭いことを始めた」って言われてましたから。
阿木 「何か変なものに、はまっているらしいよ」みたいな?(笑)。
田中 そう、「占い師になった」とか言われて。日本では、メンタルトレーニングは、まだまだ認知度が低かったんです。
阿木 「心を科学する」という、認識が無いんでしょうね。
田中 逆に言えば、心って科学で割り切れない部分もある、ということをきちんと言えるためにも、科学的根拠ある知識が必要です。