牧太郎の青い空白い雲/1012
年格好はほぼ同じだが、元木昌彦さんは〝大先輩〟である。といっても、お会いして「何か」を教えられたわけではない。ただ、彼が「週刊誌の神様」だからだ。『FRIDAY』『週刊現代』、また「Web現代」の編集長を経験。ある年の『週刊現代』新年合併号で150万部を完売した人物。新聞から週刊誌の世界に紛れ込んだ当方、今も「元木流のやり口」を勉強している。
その〝大先輩〟がこの年末年始、『日刊ゲンダイ』誌面で「これは私の遺言である」と断って、痛烈な週刊誌批判を展開していた。その中身を披露するのは憚(はばか)るが......。彼が言う通り、週刊誌には「毒」がなくなった。権力者の命を脅かす「毒」がないのだ。
大昔の話で恐縮だが、1989(平成元)年6月18日号の『サンデー毎日』は〈宇野新首相の「醜聞」スクープ 「月三〇万円」で買われたOLの告発〉というスキャンダル記事を掲載した。ある女性が、東京・神楽坂で芸者をしていた頃、宇野宗佑さんと金銭を介した性的関係を結んでいた! その頃、政治家が芸者の旦那になり、金銭の面倒を見ながら特別な関係を結ぶことは珍しくなかった。「下半身」を書かないのがメディアの不文律でもあった。それなのに、『サンデー毎日』は「買春行為は許されない!」という立場......。永田町ばかりか、毎日新聞社内でも反発が起こり、当時デスクだった当方は批判に晒(さら)された。次号で「スキャンダル報道は是か非か」と題し、著名人52人の声を載せた。記憶では......落語家の立川談志さんが「最も男らしい行為」と擁護したり......約3分の1が「この報道は間違っている」と判断した。
でも、新政権は「週刊誌の毒」を感じたのだろう。政権に近い政治家が当方に「あの女性の身柄をコッチに渡してくれ!」と言い出した。当然拒否。いっときではあるが、こちらも「命が危ない!」状態になった。大げさに言えば、当時の週刊誌は「相手が死ぬか、こちらが死ぬか」だった。89年7月、宇野内閣は参院選で惨敗。宇野さんは責任を取り辞職した。在任たった69日。政権が短期に終わった原因は週刊誌の「毒」だった。
週刊誌は売れない。一番売れている『週刊文春』でも実売は下降線を辿(たど)っていると聞いた。「読者離れ」は目に余る。ネットの時代だから......という言い訳もあるが、その真因は「毒」がないからだ。<br>
最近の週刊誌はまるで新聞のように「正義」を訴える。でも、週刊誌の読者は「正義」「不正義」を求めているわけではない。
週刊誌記者はあちこちをほっつき歩きゴミ箱を漁(あさ)ったり、どぶ川をさらったりしてネタを集める。それしかない。元木先輩は「首輪のない猟犬」になろう!と言われていたが、まさに同感。「毒」いっぱいの記事にしなければ......。それでなければ週刊誌はおしまいだ。
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まき・たろう
1944年生まれ。毎日新聞に入社後、社会部、政治部を経て『サンデー毎日』編集長に。宇野宗佑首相の女性醜聞やオウム真理教問題を取り上げる。現在、毎日新聞客員編集委員。ブログに「二代目・日本魁新聞社」がある