サンデー毎日

対談
艶もたけなわ
2019年3月24日号
辛島美登里 シンガー・ソングライター
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阿木燿子の艶もたけなわ/244

クリスマスの定番曲「サイレント・イヴ」をはじめ数々のヒット曲を生み出し、"OLの代弁者"として一世を風靡した辛島美登里さん。第一線のシンガーでありながら、デビュー30周年を迎える現在も、歌のみならずバレエに富士登山にと挑戦を続けています。学生時代のエピソードなどをもとに、その旺盛な好奇心のルーツを探りました。

◇理系寄りの性格で、実験が好き。この年齢で何ができるかを試したい。

◇若い頃、同性が苦手だったとか。OLの応援団長と思っていただけに、意外です。

◇そうした一時期があったからこそ、女性の喜怒哀楽に敏感になれたと思っています。

阿木 辛島さんはソロ歌手として、デビューなさったのが平成元年。ということは今年30周年ですね。

辛島 ええ、気がついたら、もうそんな時間が経(た)っていました。

阿木 この5月1日に元号が変わるので、感慨深いものがありますよね。活動期間がぴったり重なって辛島さんは"平成の方"という印象ですが、私はモロ昭和なので、ますます"過去の人度"が高くなりそうで(笑)。

辛島 いえいえ、私だって、生まれたのは昭和ですから(笑)。

阿木 この30年間、とくにバブルが弾(はじ)けて以降、世の中はさまざまに変化していますよね。それは歌詞の世界でも同じで、虚構よりも、より身近なテーマが受け入れられる時代になった気がするんです。辛島さんはその先駆け的な詞をお書きになり、OLの代弁者的な存在。でも辛島さんご自身はOLの経験はお有りにならない。

辛島 はい。デビューした時、すでにそれなりに大人になっていたので、冷静な目で世の中を見て作品作りをしていた感じですね。一般的にOLさん達は、新人時代にちやほやされても4~5年経つと、周りの対応が厳しくなって、「えっ、こんなはずじゃなかった」と思うことが増えたりしますよね。でもそれは自分のアーティストとしての立場も同じで。その辛(つら)さを、リスナーと共有したくて書いたり。

阿木 私達みたいな仕事をしていると、たまたま小耳に挟んだ話をまるで自分の体験談みたいに詞にしたりね。時折、話を盛るのが上手(うま)いなと自分でも思います(笑)。

辛島 私、デビューしたての頃から、音楽の仕事は芸能界と重なりつつも、違う世界だと思っていたんです。華やかな夢を売るというより、もっと現実的なものだと。だから作品のテーマも、明日にでも起こりそうな出来事とか、ちょっとした言葉のやりとりで傷つく心模様とか、さり気ないことをモチーフにして書こうと思って。もともと私、自分が歌うより、楽曲を提供する側になりたかったので。

阿木 じゃ、最初はシンガー・ソングライターというより、プロの作家志望でいらした?

辛島 そうです。なので楽曲を書く時は、"仕事"という感覚が強かったですね。例えば恋愛の曲なら、失恋した女性の辛さや悲しさを代弁するつもりで書いていました。とくに同世代の女性達に共感してもらえる曲をって、常に意識してましたね。

阿木 職業として詞を書く時、アルバムとシングルでは違うでしょう? 基本的にシングルは売れなくてはいけない。だから、どうしても力が入ってしまう。2月に、シングルばかりを集めたアルバム「カーネーション(注1)」を出されましたよね。それはデビュー30周年のメモリアル的な意味合いで?

辛島 そうです。最近、音楽業界はシングルをことさら意識しない風潮になってきましたけど、平成の初めの頃は「次はどんな曲を出すんだろう」という感じで、待たれていましたよね。

阿木 本当にそう。シングルはその時々の世評を映し、瞬発力を要求されるので、気合の入れ方が違ってましたね。

辛島 例えてみれば、シングルは主役の女の子って感じですね。アルバムは脇役なので味のあるキャスティングで構わないけれど、シングルはパッと華やかに主役を張ってもらわなくちゃ困る、みたいなね(笑)。今回のアルバムは、リリースした順に曲を並べたので、作っていて面白かったです。あの頃は私も粋がっていたな、とか思い出したりして。

阿木 このアルバムの中での「サイレント・イヴ」は、ピアノの弾き語りで、一発録(ど)りだったとか?一発録りって思うだけで、体が固まりそうですが。

辛島 本当、緊張しました。私、レコーディングの最中もまだ覚悟が決まっていなくて。姑息(こそく)にも、後で編集してもいいように歌っていたんです(笑)。でもスタッフから、「通して歌ったテイクのほうが、伝わるものがあるから」と言われて「それもそうだな」と思い、観念しました(笑)。

阿木 「サイレント・イヴ」は素材が素晴らしいから、どんなふうにアレンジしても感動がありますね。それにしても30年間も歌っていらっしゃって、よくそんなピュアな歌い方ができますね。歌い手さんはベテランになればなるほど、ビブラートや小節(こぶし)が付きますが。

辛島 もし、阿木さんの耳に、そんなふうに届いていたとしたら、私にテクニックが無いせいです。私、ビブラートがあまり使えなくて。カラオケに行くと点数が低いんです(笑)。

阿木 え? そんなことあるんですか? こんな美声の辛島さんが良い点を取れないなんて(笑)。

辛島 いくら丁寧にとか、心を込めてとか歌っても、一本調子だと駄目みたいで(笑)。

阿木 この業界に居ると歌だけではなく、人として垢(あか)が付きがちで。辛島さんはいつまでも良い意味での"普通の人感覚"を残していらっしゃる。

辛島 私、最初のスタートが曲を提供する側から始めたので、歌うということに、まだ覚悟が決まっていないんです。いまだに戸惑いというか、恥ずかしさというか、コンプレックスが抜けなくて。

阿木 えッ? コンプレックスって、お声に? それともお作りになった楽曲に?

辛島 すべてにです。声も歌も。

阿木 でも唯一無二の存在というか。辛島さんって癒やし系の歌手の元祖みたいな方だと思うんです。その透明感のあるお声といい、素直な歌い方といい。

辛島 元々、音楽の仕事に携われたらいいなとは思っていて、でも、自分が歌で何かを表現できるとは考えてもみなくて。ただ実際、ステージに上がるようになってからは、お客様は高い入場料を払ってくださっているとか、地方から来てくださる方の出費とか、スタッフはこれで家族を養っているとか考えると、ちゃんとしなきゃって。

阿木 ずいぶん周りに、配慮をなさるんですね(笑)。

辛島 もともと気が小さいんです(笑)。そうなるとコンサートで毎回、同じことはできないなと。

阿木 それで去年のステージで、バレエをご披露なさったんですね。

辛島 去年はたまたまゲストにバレエのプリンシパル(注2)をお招きしたもので。私はただ、踊りを観ているだけでいいんだろうか、と思って。何かやったほうがという空気が、スタッフのほうからも刺すように吹いてきましたし(笑)。お客様は、「辛島さんの年齢でも、バレエにトライしたんだから、私も」と思ってくださるんじゃないかと、半年前に一念発起して、バレエを習うことにしたんです。

阿木 ずいぶん頑張られて。本番はどんなふうに?

辛島 本番で何をしたかというと、バレエといったら、やはり爪先で立つのが一番かなと。

阿木 えッ、トゥで立たれたんですか! あれ、凄(すご)く大変そう(笑)。

辛島 後はリフト。お相手のプリンシパルに持ち上げてもらう。この二つをやれば、バレエっぽいかなと。

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