サンデー毎日

対談
艶もたけなわ
2019年3月17日号
根来秀行 ハーバード大医学部客員教授
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阿木燿子の艶もたけなわ/243

「人生100歳時代」と呼ばれ、年々健康に対する関心は高まるばかり。国内外で研究を重ねている根来秀行さんは、健康に関する先端医療研究のトップランナーの一人。そんな"ドクター根来"が重要視するのが「毛細血管」。睡眠不足は毛細血管が脱落し、老化の原因になるのだとか。健康を維持するための"根来流メソッド"をお届けします。

◇睡眠で重要なのは、質と量ともう一つ、体内時計をずらさないことなんです。

◇私達って動脈や静脈の大切さは知っていても、毛細血管のことをあまり知りません。

◇認識の薄いお医者さんが結構います。病気の知識ばかりで、体の正常な営みに疎い。

阿木 私、ハーバード大学医学部の肩書が付いたお名刺を頂くのは、初めてです。

根来 確かに大学自体はとても素晴らしいところですが、恐縮です。

阿木 先生は内科医でいらっしゃって、睡眠のご研究をなさってる。ハーバード大学のみならず、ソルボンヌ大学でも教えていらっしゃるということは、絶えず時差がお有りになる生活ですよね。

根来 そうですね。日本と海外を行ったり来たりしていますから。

阿木 私、先生がお書きになった『「毛細血管」は増やすが勝ち!』を読ませて頂いて、今更ながら規則正しい生活の大切さと、良質な睡眠を取ることの重要性を痛感いたしました。

根来 僕はトップアスリートの体調管理のサポートもさせて頂いているのですが、睡眠の質と量は、成績に影響しますね。

阿木 サッカーでもテニスでも、国際的に活躍する選手には、試合以前に、まずは時差に打ち勝つことが求められますよね。

根来 世界的に見て、第一線にいるアスリートは、実力はほぼイーブンだと思うんです。なのでメンタルや体の制御の仕方など、本当にほんのちょっとした要因が勝負の分かれ目になりますね。とくに時差の影響は大きいです。

阿木 私、先生のご本を3日前に読破いたしまして、自分の生活を反省したんです。私の場合、自宅に居ながら"時差ボケ"しているような状態で。これじゃ、いかんと(笑)。

根来 僕の本が、何かしらのヒントになれば嬉(うれ)しいです。

阿木 なので3日前から午前0時にはベッドに入り、8時には起きようと。でも、これがなかなか難しくて。長年の生活習慣って、変えるのは大変ですね。この3日間、眠れなかったので、いっそのことと思って、早く起きて仕事をしたんです。そうしたら怪我(けが)の功名で、能率が凄(すご)く上がりました。

根来 最初は上手(うま)くいかなくても、生活習慣を変える努力を日々重ねていけば、ホルモンとか自律神経とか、体を制御する部分の時間割が整ってくるはずです。眠りに就いてすぐの最も深いノンレム睡眠中に、体を再生・修復する「成長ホルモン(注1)」がたくさん出ます。また、就寝後3~4時間すると、「コルチゾール(注2)」がゆっくり出て体を起こすんです。このホルモンは起床後20分ぐらいでピークとなり、交感神経が優位になると共に働いて、午前中は集中力が高まるはずです。

阿木 確か、コルチゾールは肥満にも関係してるんですよね。

根来 コルチゾールは脂肪を分解する力もあり、良い睡眠だと適度に分泌され、肥満を防ぎます。しかし、ストレスホルモンとも呼ばれる"諸刃(もろは)のホルモン"です。ストレスが大きい時、多めに分泌されると、血圧や血糖値を上げて生活習慣病につながります。逆に平時では炎症を抑える働きをします。

阿木 私、この年齢になって「あれっ、昨日まで難なくできたことが今日は......」と思うことが日々、増えてきていて。なので、今日はお伺いしたいことが、たくさんあって(笑)。先生のご本によると、毛細血管って思いの外、大きな役割を果たしているんですね。でも、私達って動脈や静脈の大切さは知っていても、毛細血管のことをあまり知りませんよね。

根来 医学の世界でも、認識の薄いお医者さんが結構います。日本の大学の医学部では、4年生ぐらいまでしか、体全体の生理的な仕組みについて学ばないんです。その後は、病気の知識ばかりを詰め込むので、体の正常な営みに疎かったりするわけです。

阿木 先生は「先制医療(注3)」ということを提唱なさっていらっしゃいますね。常日ごろ、自分の体を整えておけば、病気を未然に防げると。

根来 日本は国民皆保険制度があるので、病気になったら医者に行けばいいと考えがちです。でも、病気というのは基本的に、生活習慣に根差しているケースが多いので、それを正すことで病気を遠ざけることができるのです。

阿木 そのためには規則正しい生活、ということになるんですね。

根来 この数年、睡眠に対する研究が進んでいて、糖尿病や高血圧との因果関係が言われるようになりました。僕が睡眠に着目したのは東大医学部で講師をしていた時代で、初めて睡眠をテーマに本を書いたのは10年ほど前ですが、コンセプトとしては眠っている間に人体は、不具合な箇所を自ら癒やす、といったものでした。睡眠中に体内時計が働き、人体は再生工場と化す、と表現したのはまさにその頃でして。

阿木 睡眠には都市伝説めいたものがありますよね。いわゆる"ナポレオン睡眠"は可能で、熟睡すれば3時間で十分であるとか。

根来 "ショートスリーパー"ですね。

阿木 中には、午後10時から午前2時くらいまで寝て、一度起きて仕事をし、また朝方寝るといった"二度寝"が効率的だとおっしゃる方も居るし。

根来 睡眠で重要なのは、質と量ともう一つ、体内時計をずらさないことなんです。

阿木 体内時計というと?

根来 1997年に「時計遺伝子」が見つかった(注4)んですが、それ以前は人の体の中に時を刻む遺伝子の仕組みは、はっきり分からなかったんです。

阿木 腹時計というのは時折、自覚しますが(笑)。体内時計って、世紀の大発見なのでは?

根来 まさしく"超"が付く大発見です。その証拠に、体内時計を生み出す遺伝子機構の発見に寄与した3人の博士達には、2017年にノーベル賞が授与されています。僕のハーバード大の研究室でも体内時計と睡眠に関する研究が進行中です。

阿木 97年に発見されているのに、受賞までずいぶん時差がありますね(笑)。

根来 こういう発見は、確証を得た上で実践にまで持っていって初めて受賞となるので。それにしても、すべての細胞が時計遺伝子を有していることが分かった意義は、とても大きい。

阿木 細胞のひとつ残らず、にですよね。

根来 そう、60兆個ある細胞のすべてに、「時計遺伝子」という時を刻む遺伝子が組み込まれているんです。さらに言えば、それらをコントロールする親時計が、眉間(みけん)の真ん中の奥のほうにあるんです。

阿木 親時計という言い方が、何だか可愛らしい。目と目の間から、鳩(はと)が飛び出してきそうで(笑)。

根来 親時計はオーケストラの指揮者みたいなものです。60兆個の細胞は自律神経とホルモンを介して結ばれているんですが、親時計がしっかり指揮をしてくれれば、全身の細胞がそれに同調して、人の体は健康に保たれる。

阿木 その親時計にスイッチを入れるのが、朝日なんですね。

根来 はい。朝、目覚めて、目の中に太陽光が入ってくると、親時計がリセットされるんです。

阿木 それはカーテン越しでも構わないんですか?

根来 僕としてのお奨(すす)めは、7時なら7時にパッと起きて、カーテン越しにでも5~6分でいいので、朝日を浴びて頂ければよいかなと。

阿木 先生は、睡眠時の状態が分かるアプリ(注5)を考案なさったとか?

根来 スマホでダウンロードできるので、ぜひ試してみてください。

阿木 無料なんですか?

根来 はい、無料です(笑)。僕が考案したアプリでは、どんなふうに自分が眠れているかということと体内リズムが表になって出てくるので、一目で分かるんです。

阿木 自分の睡眠が見て取れて、それによって生活リズムの乱れが正せれば、健康に役立ちますね。もう一つ、先生のご発案だと思うのですが、ご本の中に「ヘルスパッチ(注6)」というのがありましたが?

根来 これはメジャーリーガーやプロ野球選手、サッカーのJリーガー、駅伝選手やお相撲さんなどに使ってもらっているのですが、自律神経を測定するデバイス(装置)なんです。自律神経というのは、ご存じの通り随意じゃない。心臓に代表されるように、自動的に動いている体のシステムをコントロールしているわけですが、この自律神経が乱れると、体調不良や病気になったりする。自律神経は目には見えないし、意識的にも動かせないので、実態がなかなかつかめないんです。

阿木 生きていく上で、生命維持装置と言って過言じゃない、大切なものなのにね。

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