サンデー毎日

対談
艶もたけなわ
2018年10月28日号
村木厚子 元厚生労働事務次官
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阿木燿子の艶もたけなわ/224

郵便不正事件で逮捕・起訴され、その後無罪が確定し、復職後は厚生労働事務次官になった村木厚子さん。退官後は民間の役員や大学で教壇に立つなど、多忙な日々を過ごしています。柔らかな物腰でありながら芯の強さを感じさせる村木さんに、事件にまつわる数々の秘話や、度重なる霞が関の不祥事に対する危機感など存分に語っていただきました。

◇中央省庁の障害者雇用水増しは本当にショック。ずいぶんお叱りを受けました。

◇ご自身の手で無罪を証明されましたが、そのカギは『名探偵コナン』だったとか。

◇推理小説は愛読していて、特にあの時はコナン君が一番役に立ちましたね(笑)。

阿木 厚労省を辞められた後も、毎日、お忙しそうですね。ゆっくりご自宅で寛(くつろ)げる時間って、お有りなんですか?

村木 朝、コーヒーを飲む余裕ができたのは、嬉(うれ)しいです。

阿木 霞が関に通われていた頃は、本当にハードスケジュールでいらっしゃったんでしょう?

村木 満員電車に乗って、夜は残業をこなし、その後は飲ミニケーションに参加したりして(笑)。

阿木 村木さんが旧労働省を受験なさった際、履歴書を見た人事担当者から「高知県出身か、飲めるか?」と聞かれて、「ハイ」とお答えになったとか? 高知の方って、本当にお酒が強いですよね。とくに女性が。

村木 私、高知で育った田舎者で、筆記試験に受かった後、官庁訪問しなければいけないことを知らなかったんです。慌てて出向いたんですが、その時、そう聞かれて元気な声で「ハイ」と答えたら、とても褒めて頂いて(笑)。

阿木 村木さんって口調がおっとりしていて穏やかで、これでバリバリお仕事をなさっていたなんて。

村木 いえいえ、バリバリはやってないです(笑)。

阿木 でも厚労省で事務次官まで務められるって、凄(すご)いことですよね。女性は2人目だとか?

村木 私の場合は周りが「アイツは頼りないから、助けてやらなきゃ」という感じだったと思います。

阿木 村木さんは在職中に、いわゆる「郵便不正事件」という、部下が引き起こした犯罪行為のとばっちりを受け、逮捕、勾留という、とんでもない経験をなさったわけですけど。

村木 そうですね。一時期、この先どうなるか、と暗澹(あんたん)たる気持ちになりました。

阿木 でも、面白いと言ったら大変失礼なんですが、こんな物腰が柔らかくておっとりした方が、結果とはいえ、刑事司法の世界に風穴を開けられた。これは、神様が村木さんに白羽の矢を立てたとしか思えない。

村木 どうなんでしょうか。自分でも本当に不思議です。

阿木 もちろん冤罪(えんざい)はあってはならないことですが、誰も成し遂げられなかった刑事司法の改革に、村木さんの事件が大きな役割を果たした。このことの意義は大きいですよね。全体ではないまでも、2016年に取り調べの可視化が法律で義務付けられたわけですから。

村木 私、復職後に法制審議会の委員をやらせて頂いたんですが、何代かの検事総長さんにお目にかかった折、開口一番、「ありがとう」と言われました。その後に「ごめんなさい」って。それが凄く印象的で。やはりギリギリのところまで来ていたんでしょうね。

阿木 検事総長達は、硬直した組織を内部から変える難しさが分かっていたから、そう言ったのでしょうね。村木さんが突破口になって、その困難を爆破した感じですよね。

村木 私というより確かに、上の方で神様が仕組んだのかな、という気はしますね。

阿木 きっとそうです。それも、その白羽の矢は他の人では駄目で、村木さん以外では、お役目が果たせなかった。家族の温かい応援が有り、周囲の信頼が厚く、優秀な弁護団が付き、しなやかな精神の持ち主でないと、思い込みの激しい検事とは闘えない。

村木 起訴後の有罪率99・9%という司法の中で、私は運よく無罪を勝ち取りましたが、取り調べ中、不当と感じることが多々ありましたね。

阿木 その辺の検察との攻防を、今年の夏に上梓(じょうし)なさった『日本型組織の病を考える』の中でも触れていらっしゃいますが、拝読すると、村木さんはご自身の手で無罪を証明された感が有りますね。でも、そこで面白かったのは、それを可能にしたのが、『名探偵コナン』だったとか。もともと推理小説がお好きなんですよね?

村木 以前から愛読していたんですが、特にあの時はコナン君が一番役に立ちましたね(笑)。

阿木 裁判に向け、取り調べの調書を読み込み、そこに書かれている矛盾を探し出してゆく作業が、コナンの謎解きのようだった?

村木 そうですね。例えば誰かが殺され、血だらけの男が立っていたとしますよね。たいていの人は彼が犯人だと思う。でも、その時コナン君は「ナイフを持っているのは事実だけど、誰も刺した瞬間を見ていない。ということは、刺したかどうかはまだ証明されていない」。そして、ここで彼は「絶対的な事実って何だろう。それらしく見えるけれど、そうではないかもしれないことは何か」という線の引き直しをするわけです。私もコナン君の教えに従ってやってみたのが、功を奏した感じですね。

阿木 ということは、コナン君は命の恩人みたい(笑)。すいません、変なことを言って。もうひとつ、変なことついでに。麦飯がお口に合って、良かったですね(笑)。

村木 拘置所の食事って、栄養バランスがいいんです。麦飯は温かいと凄く美味(おい)しくて。"くさい飯"というのは精麦技術が発達していなかった頃のことで、今は匂いはほとんどないんです。そのお陰か、私、肌がきれいになって(笑)。

阿木 じゃ、最高の美容食(笑)。

村木 面会ができるようになってから、男性が来てくれるとまず言葉に詰まるんですね。でも女性はアクリル板の前に座って「村木さん、肌がきれい」って言うんです。それも何人にも言われて。泣かれるよりも、可哀そう、と思われるよりも救われましたね。

阿木 そういう時でも、女性って思ったままを言う。女性、恐るべし!(笑)。それにしても約5カ月にも及ぶ勾留って、長過ぎますよね。検事の作る供述調書というのは、かなり強引なんですか?

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