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2024年3月17日号
棋王戦で快勝の藤井聡太8冠 「被災駒」込めた愛好家の思い
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 棋王の藤井聡太8冠(21)に伊藤匠七段(21)が挑戦する将棋の棋王戦五番勝負の第2局が2月24日、金沢市で指され、初防衛を狙う藤井8冠が94手で快勝した。第1局は双方の玉が敵陣に進入することが確定して勝負がつかない「持将棋(じしょうぎ)」が成立して引き分けになっており、藤井8冠の1勝1分けとなった。

この日の対局には、能登半島地震で石川県珠洲市の自宅が全壊し、妻の紀美子さんを亡くした塩井一仁さんが提供した駒が使われた。元日の地震から約3週間後、失意の中で塩井さんが自宅で片付けをしていると、由緒ある高級な4組の将棋の駒が無傷のまま見つかったという。

 塩井さんはアマチュア三段の腕前を持つ愛好家で、日本将棋連盟石川県支部連合会の理事も務める。2009年からは金沢市で棋王戦が開催される際は、毎年のように将棋盤や駒を提供してきた。休日には将棋にのめりこむ塩井さん。そんな夫を紀美子さんは理解し、大会で入賞すると大喜びしてくれていたという。

 対局前日の検分で、塩井さんは2種類の駒を提示した。「両方とも平田雅峰の作品です。こちらはこれまで5回使っていただきましたが、こちらの清定(きよさだ)の書体はまだ使っていません」と駒の説明。そして、「もし、どちらでもいいということでしたら、私としてはこちらを使っていただければ」と遠慮がちに付け加え、「清定」を薦めた。

 平田雅峰は昭和から平成にかけて活躍した駒作り職人の「駒師」。柘植(つげ)の駒に文字が浮き上がる文字の「盛上(もりあげ)駒」で知られ、その作品は最高級の駒と言われる。一方、清定は、平安時代から鎌倉時代の歌人で名筆家としても知られた藤原定家を祖とする江戸時代の書道の一派「定家流」の流れをくむ駒文字。「歩」は文字の最後の画が下に長く伸びる独特の書体だ。同学年でもある藤井8冠と伊藤七段は目を見合わせ、すぐに清定の駒に決めた。

 藤井8冠は対局後に駒の感想を記者に聞かれ、「珍しい書体でしたが、対局が始まるとすっと局面に入れました。(被災した)家から見つかった特別な駒だと思うのでいい将棋にしたいという思いがあった」などと語った。一方、塩井さんは「応援してくれていた妻のためにも日常を取り戻すスタートにしたい」。これまで使われていなかった駒も提供したい旨を周囲に話していたといい、心中期すものがあったようだ。

 大地震に耐えた駒が使われた塩井さんは「21歳同士の若い2人の最前線の戦いを彩る駒となりうれしい」と感無量の様子。ともに「今日は日常を取り戻すスタートの日だ」とも語った。

 これで藤井8冠は伊藤七段に対し、自身初の公式戦での持将棋(引き分け)を挟んで8連勝。伊藤七段は藤井8段から公式戦初勝利を挙げたいところだ。今期の棋王戦は持将棋があったため、第5局で決着しなければ、異例の第6局が行われる。

(粟野仁雄)

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