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2023年12月17日号
スポーツ ヴィッセルVに「功労者」感慨 サッカーでも花開いた「神戸」
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〈俺たちのこの街に お前が生まれたあの日 どんなことがあっても 忘れはしない〉


 スタンドにエディット・ピアフのシャンソンの名曲「愛の讃歌(さんか)」のメロディーの応援歌「神戸讃歌」が流れ、サポーターはうれし涙で歌った。


 プロ野球の阪神タイガース、オリックス・バファローズに続き、サッカーJ1でもヴィッセル神戸が本拠地のノエビアスタジアム神戸(神戸市)で名古屋グランパスを2―1で破り、創部29年目で初優勝を遂げた。2点を先行、1点を返されたが守り抜いた。2アシストで両得点に絡んだFW大迫勇也は「神戸で何かを成し遂げたいと思っていた」と感無量だった。


 スタンドで歴史的瞬間を見守り、「満員のお客さんがあんなに整然と応援するなんて。夢を見ているようでした」と語ったのは神戸市の加藤寛さん(72)だ。加藤さんは低迷期に2度監督を務めたチーム創設時からの功労者でもある。


 1993年にJリーグが開幕すると、加藤さんは「神戸にもJリーグチームを」と奔走。94年には岡山県倉敷市の川崎製鉄サッカー部を母体に、加藤さんがコーチを務めていたクラブチームの名門・神戸フットボールクラブ(FC)のジュニアユースとユースを移管させる形でヴィッセルが発足する。「最初は机もなく安達貞至さん(後にヴィッセル神戸社長)、昌子力(しょうじちから)さん(後に同U15監督)、益子和久さん(産婦人科医、のちに神戸市サッカー協会会長)らとチリ料理店に集まって協議した」と加藤さん。自らも神戸FCからヴィッセルへ出向した。


 初練習のはずだった95年1月17日、神戸市を阪神大震災が襲った。「S級ライセンス取得のためのリポートを仕上げて寝入った途端にトランポリンのように寝床で体が跳んだ」(加藤さん)。灘区の兵庫県立神戸高の体育館の避難所運営の責任者となり、炊き出しもしながら子どもたちにサッカーを教えた。


「総合運動公園の駐車場などを借りて必死に練習場を確保しました。避難所の運営で忙しくライセンスは諦めかけたが、仲間のカンパで渡欧して研修を受けて合格できました」と感謝する加藤さん。被災者を勇気づけた功績でテニスの沢松奈生子さん、神戸製鋼ラグビー部とともに日本フェアプレー賞も受賞した。


 プロ野球では同年、神戸を本拠地としていたオリックスがパ・リーグを制した。現在は大阪市に移ったが、今季はパを3連覇。甲子園(兵庫県西宮市)を本拠とする阪神も18年ぶりのセ優勝と38年ぶりの日本一を果たし、11月23日には両チームとも大阪市と神戸市で優勝パレードを行った。


 一方、ヴィッセルは2018年に元スペイン代表のアンドレス・イニエスタ選手を招へいし、20年正月の天皇杯全日本選手権で優勝、初のタイトルを手にした。イニエスタ選手は今季途中で引退したものの今回は悲願のJ1制覇だ。


 野球もサッカーも今や選手の大半は「震災後生まれ」だ。ただ、彼らの栄冠の根底には、瓦礫(がれき)の中から立ち上がり「がんばろうKOBE」(震災時のスローガン)と奮戦した加藤さんらの存在がある。今年のスポーツ界での「神戸」の快進撃は、加藤さんら先人たちの努力の上に咲いた花とも言えるだろう。


(粟野仁雄)

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