「本屋さんがまたできたよね」。7月上旬、東京都狛江市を訪ねると、バス停や喫茶店でそんな声が聞こえてきた。
市民が喜々として話題にしていたその本屋とは、小田急線狛江駅前の啓文堂書店狛江店。同店は、店舗が入る駅前商業施設の改修で昨年7月に閉店したが、今年6月27日に再開業した。その前日には復活を祝うセレモニーが行われ、書店や商業デベロッパーの関係者のほか、経済産業省の上月(こうづき)良祐副大臣も参加。新聞やテレビなどでも報じられた。
なぜ一書店の再開業がここまで話題になるのか。背景に大きく二つの理由がある。一つは「書店ゼロ」の解消。狛江市内に書店は啓文堂書店1店舗のみで、昨年の閉店後から一時、地域に書店がない状況だった。
狛江市のみならず、出版不況やインターネット通販の普及などにより、書店がない自治体は全国で増加傾向だ。出版文化産業振興財団が、取次会社と販売契約を結ぶ実店舗を対象に調査したところ、今年3月時点で「書店ゼロ」の自治体は全国で27・7%に上り、2022年9月時点から1・5㌽増えた。そうした苦境を受け、経産省は3月に地域の書店の振興に向けたプロジェクトチームを立ち上げ、新たな支援策を検討している。セレモニーに上月副大臣がいたのはそういうわけだ。
話題を呼んだもう一つの理由が、復活のストーリーにある。閉店を惜しみ、再開を望む多くの市民の声が、復活を後押しした。セレモニーに参加した市民グループ「タマガワ図書部」代表の山本雅美さんが、そのキーマンである。
馴染(なじ)みの書店の閉店に喪失感を覚えた山本さんは、かねてより一緒に地域イベントを企画していた仲間らと共に「タマガワ図書部」を結成。今年1〜2月に駅改札脇の空きテナントを活用し、住民がおすすめの本を展示する「エキナカ本展」を開いた。SNSや知人経由で募った60人が推薦するさまざまな本がずらりと並び、期間中、老若男女約7000人が訪れたという。
このイベント自体は、直接的に書店の再出店を呼び掛ける目的ではなかったというが、会場に置いた1冊のノートには、市民からの熱い思いが綴(つづ)られた。山本さんはこう振り返る。
「もともと来場した方にも好きな本を紹介してもらうノートだったんですが、『狛江に本屋さんが戻ってきてほしい』という言葉で溢(あふ)れたんです。そのたくさんのメッセージを書店へ届けさせてもらいました」
再出店発表の広告には、ノートからメッセージを抜粋して掲載。そして、新店舗でも「エキナカ本展」を受け継ぎ、住民らによる選書コーナーが設けられている。「タマガワ図書部」と書店が協力して運営していく。
「お祭りごとだけじゃなくて、日常に戻った時が重要だと思います。多少なりとも本屋へ足を運ぶきっかけをつくれれば」
そう語る山本さん。地域の書店の継続には、住民と店の、双方からのコミュニケーションがますます重要になってきそうだ。
(一ノ瀬伸)
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◇いちのせ・しん
1992年、山梨県生まれ。ジャーナリスト。立教大卒業後、山梨日日新聞記者、雑誌『山と溪谷』編集者などを経て2020年からフリー