サンデー毎日

政治・社会
News Navi
2023年11月12日号
社会 「故郷」の香川大がAIで再現 「三筆」空海の筆跡を広報誌で
loading...

「弘法も筆の誤り」とまでいわれる名筆家であり、真言宗の開祖である弘法大師・空海(774〜835年)の筆跡をAI(人工知能)の技術で再現することに香川大が成功した。香川県は空海の出身地。新技術では、空海が残していない文字でも「空海が書けばこうなる」と再現している。

 創造工学部の岡﨑慎一郎准教授(土木建築)は、空海直筆の経典などの写真収録集『弘法大師真蹟集成』などの約3000字の漢字から、崩しが少なく楷書に近い字を選んでAIに学習させた。空海の筆跡を作るAIと、真偽を判定するAIを競わせる「敵対的生成ネットワーク」(GAN)という特殊技術で精度を高めた。

 その結果、空海の筆遣いで「人×テクノロジー 次の進化への挑戦」という文字が、香川大の広報誌『かがアド』38号の表紙を飾った。同大は「書道文化は国の登録無形文化財に登録された。毛筆で文字を書いたり、鑑賞したりする機会が極めて少なくなっている中、次世代への継承、書道への関心を高める一つとして、空海の筆跡再現は大きな成果」(広報文要旨)とアピールしている。

 嵯峨天皇、橘逸勢(たちばなのはやなり)とともに平安時代初期の「三筆」に数えられる空海。遣唐使として留学した唐で、口と両手両足を使って5本の筆で宮殿の壁に一気に詩を書き上げ、皇帝から「五筆和尚(ごひつわじょう)」の称号を与えられたとされている。一方、今年は現在の香川県善通寺市出身の空海の生誕1250年目の節目の年だ。

 岡﨑氏は「空海に関するイベントも多いので題字などにも使えそう」と話す。さらに「現在は空海が使っていなかったカタカナなども一文字ずつ見繕って作成しています。いずれは『空海フォント』を作り、文書作成ソフトの『ワード』などに搭載して、文章を迅速に空海の筆致で再現できるようにしたい。空海以外の偉人の筆跡も再現できたらと考えています」と夢を膨らませる。

 一方、新技術は悪用の恐れもある。歴史的人物の偽物の筆跡が売られる恐れや、普通の人でも署名などしていないのに「署名をした」とされ、物品購入の契約をしたようにされかねない。偽の遺言書も作れる可能性も出てくる。

 この点について岡﨑氏は「悪用の防止対策は重要な課題です。詳細は明かせませんが、『これはコピーですよ』と由来が分かるようなものを文字に埋め込むような技術を検討しています」。やはり悪用も念頭に新技術の開発に取り組んだようだ。しかし、これはお札の「透かし」のようなものなのだろうか。

 テレビ東京の人気番組「開運!なんでも鑑定団」でお馴染(なじ)みの古文書鑑定人の増田孝氏はこう述べる。

「本来、人が手書きでまねるほうが精巧になる。実物を見たわけではないですが、まだ筆跡鑑定うんぬんのレベルではない印象です。AIでは一文字ずつしかできないが、人が書く時は一つの文字や単語、文章を流れで書くので全く違う。それができるようになれば面白いですね」

 言われてみれば、文字と文字のつながりにも、その人の「癖」も出るし、独特の美しさもある。やはり書道の世界は深いようだ。

(粟野仁雄)

うさぎとマツコの人生相談
週刊エコノミストOnline
Newsがわかる
政治・社会
くらし・健康
国際
スポーツ・芸能
対談
コラム