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2023年5月28日号
社会 ウィシュマさん遺族が訴えた映像公開「法相発言」への反論
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「私、きょう夜死ぬ」

「大丈夫、死なないよ。死んだら困るもん」

 これは名古屋出入国在留管理局(入管)に収容中の2021年3月6日に亡くなったスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)が死の11日前、職員らと交わしたやりとりだ。収容された部屋を真上から撮影した監視カメラの映像に収められている。場面は次のように続く。

ウィシュマさん「病院に持って(連れて)行ってください。点滴をお願い」「息もできない」「長い時間食べてない。長い時間寝てない。1カ月、1週間食べてない」

職員「病院に行けるようにボスに話すけど、きょう行けるか分かんないから」

ウィシュマさん「担当さん、今やってあげて」

職員「連れて行ってあげたいけど、私の力じゃ、私パワーないからさー、権力ないからできない。決定するの、できないんだよ」

 ベッドに力なく横たわり、消え入りそうな声で哀願するウィシュマさんを受け流すような職員の態度に、映像を視聴している筆者も絶望的な気持ちになる。

 ウィシュマさんの死を巡り、遺族は真相究明を求めて国家賠償請求訴訟を名古屋地裁に起こしている。監視カメラ映像計約295時間分全ての公開を求める遺族に対し、国は昨年末、わずか約5時間分を地裁に提出。遺族側弁護団は4月6日、このうち約7分を公開した。毎日新聞のユーチューブ公式チャンネルなどで視聴することができる。

 これに被告の国がかみついた。斎藤健法相は翌7日の記者会見で「ビデオ映像の一部を原告側が勝手に編集をしてマスコミに提供して公開した。皆さんにもよく考えていただけたらなと思います」と批判した。

 ウィシュマさんの妹のワヨミさん(30)は5月10日、名古屋地裁での国賠訴訟の口頭弁論で「姉の映像はあなたたちの私物ではないのです。あと290時間分を隠すのをやめて、私たちに引き渡してください」と、全ての映像提出を求めた。法相発言にも触れ「そのようなことをおっしゃる前に290時間をこちらに渡して、真相解明に協力してください」と呼びかけた。

 ウィシュマさんの死は、2年前の「入管法改正案」廃案のきっかけになった。ところが、現在開会中の国会に、帰国すれば迫害される恐れのある難民申請中の外国人の送還を可能にするなど前回の焼き直しのような「改正案」が提出された。

 遺族側が映像公開に踏み切ったのは、この改正案ではウィシュマさんのような悲劇を防げないどころか、入管の裁量を広げるだけだという危機感があるからだ。妹のポールニマさん(28)は「皆さん、入管で実際に起こったことをよく見てください。なぜ姉が死ななければならなかったのかを明らかにし、国会で再発防止策を真剣に議論してください」と訴える。

 改正案は5月9日、衆院を通過、議論の場は参院に移った。一方、約5時間分の映像は6月21日と7月12日に法廷で上映される。国連の特別報告者らからも「国際人権基準を下回っている」と抜本的見直しを求められている改正案。拙速な成立は許されまい。

(井澤宏明)

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