野球の国・地域別対抗戦、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は日本の3大会ぶり3度目の優勝で幕を閉じた。一方、大会最優秀選手に輝いた米大リーグ・エンゼルスの大谷翔平と同じ名前を冠した「大谷工業」(東証スタンダード)の株価が暴騰している。同社株は2月下旬までは終値4100〜4200円台で推移していたが、3月15日に1万3000円台を記録。大谷が先発したイタリア戦があった同16日には一時、年初の4倍近い株価となる年初来高値の1万6050円をつけた。
大谷工業の株価は日本の1次リーグが始まる2日前、3月7日から出来高を伴いながら急騰した。ネット上では「決勝まで買い」「大谷様に命預ける」「大谷さんの今日の活躍に期待してS高(ストップ高)」とお祭り騒ぎとなった。
大谷工業は戦後間もない1946年に創業。「鉄塔、鉄構、フェンス、通信用架線金物などを製造・販売する資材メーカーで、電力会社などを主要顧客とする非常に地味な会社」(大手信用情報機関幹部)とされる。業績面も2023年3月期の見通しは売上高65億4800万円(前年比2・2%増)、営業利益1億7300万円(前年比0・3%増)、経常利益1億7300万円(前年比5・2%減)、当期純利益1億2000万円(前年比5・5%減)を予想している。
しかし、「主要製品の材料である鋼材価格の高騰が続き、生産コストの上昇により採算性が悪化しており、早急に解消すべく、製造コストの見直しや販売価格への転嫁に取り組んでいる。主力製品である架線金物は鉄鋼などの原材料比率が高く、その価格変動は収益への影響が甚大であることから、販売価格へ速やかな転嫁ができなければ、同部門の業績が経営成績に大きな変動を与える可能性がある」(同)。さらに、当面の資金繰りは「常態維持が可能とみられるが、資金規模は純資産32億円あまり、事業規模は売上高60億円あまりと大きくなく、業績変動への耐性は十分といえないレベルで、収益力向上による更なる資金規模の拡大が課題といえる」(同)。決して、株価が暴騰する要素のない企業なのだ。
にもかかわらず、株価が急騰しているのは、大谷効果が最大の要因だが、それに加え「同社の事実上のオーナーが『ホテルニューオータニ』の創業家という名門プレミアムが影響している」(市場関係者)。大谷工業の事実上の経営者は代表取締役会長の大谷和彦氏で、21年3月末で大谷工業株の5・4%(議決権ベース4万2149株)を保有する大株主だ。またニューオータニが27・8%、創業家の大谷けい子(5・1%)、資産管理会社の大谷興産(2・3%)も大株主に名を連ねる。
大谷と名門ホテルの組み合わせが、投資家の関心を呼んだということであろう。大谷工業株は19年末にも謎の株価急騰を記録している。株価が短期間に4倍近くまで高騰した。「当時、政治課題として浮上した国土強靭化計画と国土交通省が進める無電柱化を材料にした急騰と説明されたが、本当の理由はよく分からなかった」(市場関係者)
今回の株価急騰も意味不明のまま。WBCが終われば、元の木阿弥(もくあみ)か。
(森岡英樹)