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2023年4月 9日号
社会 再審開始の袴田巖氏を支援し「権力」と闘ったボクシング界
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 3月13日に9年ぶりの再審開始決定が東京高裁で出された袴田事件。検察が最高裁への特別抗告を断念したことで、無罪がほぼ確定した。元プロボクサーだった袴田巖さん(87)を懸命に支援してきたのが、ジム会長らで組織する「日本プロボクシング協会」(セレス小林会長)だ。

 再審開始決定の2日後の3月15日、プロボクサーらが東京・日比谷公園周辺に集まった。協会の袴田巖支援委員会の新田渉世委員長(55)は「袴田事件が起きた日は実は、あのマイク・タイソン(元世界ヘビー級王者)が生まれた日なんです。タイソンさんにも支援の要請をしました。絶対に袴田先輩を守りましょう」と訴え、東京高検に特別抗告をしないよう要請書を提出した。

 元東洋太平洋バンタム級王者である新田氏とともに、袴田さんを支援してきたのが日本のヘビー級の草分け的存在でもある市川次郎さん(57)だ。市川さんは「何で検察は全く会見しないのか。新聞では幹部が決定はおかしいと言っていると報じられているが、表に出てきて言えよ」と怒りをあらわにしていた。

 袴田さんはフェザー級で日本ランキング6位まで行ったが、性格が優しすぎてKOの好機に相手を追い込めなかった。体を壊して引退し、静岡県清水市(現静岡市清水区)のみそ工場で従業員として働いていた1966年6月、自分を可愛がってくれていた専務一家の殺害事件が起きる。同年8月に袴田さんが逮捕され、80年には死刑が確定した。

 協会は81年の再審請求の頃から本格的に支援に動く。著名なボクシング評論家だった郡司信夫氏(99年死去)らが中心となり、ファイティング原田氏(79)ら名ボクサーが、リングの上からも袴田さんの死刑台からの救出を訴えた。輪島功一氏(79)は「『ボクサー崩れ』なんていう当時の偏見が生んだ冤罪(えんざい)。袴田さんは殺人なんかするはずのない、おとなしい男」などと訴えてきた。

 静岡県警の捜査報告書は、袴田さんについて「ボクサー崩れ」と明記している。輪島氏は、姉のひで子さん(90)とともに裁判所や東京拘置所に通った。袴田さんは2014年の静岡地裁の再審開始決定を受けて即日釈放されたが、18年に東京高裁がこれを取り消した。そして、今回の逆転での再審開始決定。事件から57年の長すぎる歳月を、新田委員長は「私が拘置所で面会したのは、巖さんが精神に変調をきたしてコミュニケーションが取れなくなった後ですが、ボクシングの話をすると会話が通じたんです」と悔しがる。

 全国的なスポーツ団体が国家権力に弓を引くのは稀有(けう)だ。普通は仲間が無実だと思っても、国から不利益を被ることを恐れて表立った支援は控えるだろう。だが、過酷な減量に耐え、時には命を落とすこともあるリングでの戦いをくぐり抜けてきたボクサー仲間は勇敢だった。「ボクサー崩れ」という偏見に満ちた言葉に、並々ならぬ反発を持つボクシング関係者も数多くいた。

 釈放の年、東京・後楽園ホールのリングで世界ボクシング評議会(WBC)のスレイマン会長から、袴田さんは「名誉チャンピオンベルト」を授与された。この時にはファイティングポーズを取って見せた袴田さん。今はボクシングへの関心は薄れてしまっているという。

(粟野仁雄)

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