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2023年3月 5日号
金融 日銀総裁「本命」だった雨宮氏 音楽家なら名指揮者だった?
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 政府は2月14日、4月8日で任期満了となる日銀の黒田東彦(はるひこ)総裁の後任に、経済学者で共立女子大教授の植田和男氏を起用する人事案を国会に提示した。また、3月19日に任期が来る雨宮正佳と若田部昌澄の両副総裁の後任には、前金融庁長官の氷見野良三氏と日銀生え抜きで理事の内田真一氏を起用。いずれも2月24日以降の衆参両院での所信の聴取や採決を経て、新たな総裁・副総裁が決まる見通しだ。

 次期総裁は当初、雨宮氏の昇格が最有力視されていた。「雨宮氏は昨年末以降、就任を固辞する発言をしていたが、やはり難しかったのか」(メガバンク幹部)と、金融界では今回の人事が驚きを持って受け止められている。副総裁も事前の予想を覆しており、いずれもサプライズ人事だった。

 筆者は、雨宮氏が総裁就任を固辞したのは、家庭の事情が大きいと見ている。一方、日銀では総裁経験者ら有力OBが今なお日銀人事に影響力を持つ。そして、総裁経験者の福井俊彦氏や白川方明(まさあき)氏は雨宮氏に対して批判的だった。黒田氏の〝暴走〟を止められなかったのが批判の理由だ。日銀生え抜きの有力OBにとって「異次元緩和」の名の下、膨大な国債を買い続けることは、日銀が国の借金を肩代わりする「財政ファイナンス」ととられかねない〝禁じ手〟だった。ゆえに1998〜2005年に日銀審議委員を務めた経験もあり、金融政策にバランス感がある植田氏起用に傾いた可能性は高い。

 雨宮氏は1955年生まれの67歳。東京都出身で都立青山高から東大経済学部に進み、79年に日銀に入った。「日銀の採用は何より『毛並みの良さ』が重視される。その点、雨宮氏は『鉄道王』の異名を持つ甲州財閥の雨宮敬次郎氏の玄孫(やしゃご)で申し分なかった」(日銀OB)とされる。

 企画畑を歩み、旧大蔵省に出向経験もあり、政府とのパイプも太い。早くから総裁の呼び声は高かったが、はっきりと頭角を現したのは前川春雄総裁(79〜84年)の秘書に抜擢(ばってき)されてからだ。「総裁秘書は出世の登竜門。特に日銀プロパーの総裁の秘書になれば、将来の総裁候補と目された」(日銀関係者)という。

 激務の日銀内で雨宮氏を癒やしたのは音楽だった。特にクラシックへの造詣が深く、中学の頃には音楽家になりたくて音楽高校に進むことも考えていたという。関係者との会合でも「雨宮氏は下戸で酒は飲めませんが、オーディオの音域について熱くうんちくを語ることもある」(同)という。

 クラシックについては昨夏に日銀広報誌「にちぎん」で、ドイツなどでも活躍する指揮者の飯森範親氏と対談している。この対談は雨宮氏が飯森氏を指名したようで、テーマは「コロナ禍が教えた文化芸術活動の大切さと指揮者が多様な奏者を束ねる方法」。ここで雨宮氏は「指揮者というのは不思議な存在です。自分自身で楽器を鳴らすわけではないのに、音楽全体を操っていく。実は私、若い頃、指揮者に憧れていたのです。カラヤンの写真を部屋にべたべた貼って、音楽高校に進もうと考え、親に内緒で願書も取り寄せていました」と語っている。

 日銀総裁はいわば指揮者のようなもの。新総裁に就いていたなら、日本経済の名指揮者になれたかもしれない。

(森岡英樹)

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