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2022年10月30日号
社会 「大事件」「失態」を忘れたい? 安倍氏銃撃の現場に車道整備
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 安倍晋三元首相が7月8日に凶弾に倒れた奈良市の近鉄大和西大寺駅北口前の交差点について、同市の仲川げん市長は10月、安倍元首相を偲(しの)ぶ慰霊碑などの構造物は設置しないことを決めた。近くの歩道に花壇を作るが、具体的な殺害現場の位置が分かるようなプレートや目印も設置せず、当初の整備計画通りに車道とすると発表した。

 安倍元首相は交差点にある車道に四方を囲まれたガードレールの分離帯に入り、7月10日が投開票日だった参院選に立候補していた自民党候補の応援演説中、背後から接近した山上徹也容疑者に手製銃で撃たれて死去した。大事件は市が駅周辺の整備事業を進めるさなかに起きた。事件後、市はガードレール周辺を歩道にして慰霊碑を設ける案や、緑地帯にして現場を保存する案を検討した。ともに有識者や地域住民にも考えを聞いていた。

 仲川市長は銃撃事件の際、自民党候補とともに安倍元首相に近い位置に立っていた。下手すれば自らの命も危なかった市長は、当初「歴史的な事件の現場として何か残るような物を設置すべきでは」などと周囲に話していた。一方、事件後には旧統一教会(現世界平和統一家庭連合)問題が盛んに報じられ、安倍元首相への評価は国葬の是非も含めて今なお揺れている。そんな中で設置に慎重になっていったようだ。

 また、市に寄せられる意見には「訪問者に分かりやすい物を建てるべき」などの声もあった。しかし、「税金を使って作るべきものではない」「悲劇を思い出したくない」といった意見が7割近くを占めた。仲川市長は10月4日に記者会見を開き、「訪れた人が献花をしたりする時に目印になる物を作ることも考えたが、最終的にはそうしたものは作らず花壇にする。花は安全と平和を希求する象徴ですし」などと説明。事件を思い出したくないという住民の意見に配慮したとみられる。

 会見では「東京駅には浜口雄幸首相(1870〜1931年)が銃撃(その9カ月後に死去)された場所や、原敬首相(1856〜1921年)が暗殺された現場を示すプレートなどがあるが?」との質問が出た。仲川市長は「市議の方からも同様の質問があり、過去の例も検討しました。2人の首相は駅で殺されましたが、安倍元首相が撃たれたのは公道の中で構造物設置も難しい」などと答えた。会見は安倍氏の国葬からちょうど1週間後。「市民の空気」も慎重に読んで決断したようだ。

 銃撃の際に偶然、現場に居合わせた奈良市の60代の女性は「あんなことが起きたのは奈良市民にとっても恥。奈良は観光地なので事件を思い出させる物は残してほしくないのでよかった」と話す。会見で配布された資料では、慰霊碑などの設置を検討する過程で市に意見を求められた奈良県警が交通安全上の理由を強調し、構造物設置に反対したことも記されていた。その理由に嘘(うそ)はないだろう。だが、本音は「歴史的な警備の大失態」を思い出させる物を後世に残してほしくない、といったところか。

(粟野仁雄)

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