元共同通信編集局長が機関誌で怒り「官邸に迎合するのか」
今月、メディア向けの月刊誌に寄稿された論説が注目されている。タイトルは「国家公安委員の首相官邸迎合記事」。『読売新聞』に執筆された「検事総長の後任人事問題」をめぐるコラムに対し、共同通信社の元編集局長が痛烈な批判を浴びせたのである。メディアバトルの深層とは。
論説が掲載されたのは、公益財団法人「新聞通信調査会」(東京都千代田区)が発行するメディア向け月刊誌『メディア展望』9月号(9月1日発売)。その巻頭に、元共同通信社編集局長の江畑忠彦氏(73)の寄稿が掲載された。
『メディア展望』はA4判約40ページ。一般に馴染(なじ)みは薄いが、新聞社や通信社などが購読し、発行部数は2500部。一般にも1部150円で販売されている。
発行母体の新聞通信調査会は、優れた国際報道を行った記者に対する「ボーン・上田記念国際記者賞」授与などの活動も行っている。
江畑氏は、検察、警察取材が長く、共同通信東京本社社会部長、編集局長、常務理事を歴任した。
本誌の取材に対し「私の経歴も手伝って、検事総長の後任人事に端を発した一連の首相官邸と法務・検察の暗闘、つまり政治と検察の問題の成り行きに強い関心を抱いていた」と話す。
そこで目についたのが、6月20日付『読売新聞』朝刊のコラム「補助線」だった。「法務・検察の不都合な真実」と題し、一連の検察と政治の動きに言及していた。
このコラムを執筆したのは、小田尚(たかし)氏(69)だ。
読売新聞東京本社政治部長、編集局総務、読売新聞グループ本社取締役論説主幹、読売新聞東京本社副社長を務めた。2017年5月には公益社団法人「日本記者クラブ」理事長に就いたが、18年1月に「一身上の都合」として1年あまり残して退任。同年3月に国家公安委員に就任した。
江畑氏は「小田氏がどのような立場の人なのか、紙面を見た当初は分からなかった」という。どういうことか。
コラムには、執筆者として「調査研究本部客員研究員 小田尚」とだけ書かれている。小田氏が国家公安委員であることや、調査研究本部が読売新聞の社内シンクタンクであることは、「調べて分かった」(江畑氏)という。
読売新聞によると、コラム「補助線」は、小田氏が論説主幹当時の16年4月にスタートした。「衆参同日選は既定路線か」(16年4月16日)、「加計ありきで進んだか」(17年6月17日)、「モリカケが終わらない」(18年6月16日)のタイトルが示すように、政治を主なテーマとしている。
国家公安委員就任後も、小田氏は、調査研究本部客員研究員の肩書で同コラムを担当。今年8月15日にも「中国漁船は押し寄せるか」というコラムを執筆している。
江畑氏が論説で問題視したのは今年6月20日付の先述したコラムだ。江畑氏の批判は痛烈だ。
〈小田氏の記事は「公正、かつ正確な記事を読者に提供する」という報道の使命、責務を放棄したに等しいのではないか。「ここまで官邸に迎合するのか」と、怒りに近い感情を抑えることができなかった〉
実際のコラムの内容を見ていこう。
稲田伸夫検事総長(当時)の後継人事、検察庁法改正案、賭けマージャンによる黒川弘務東京高検検事長の辞任と林真琴名古屋高検検事長の後継など、政治と法務・検察の動きに焦点を当てている。
小田氏はこう記す。
《メディアは「法務・検察関係者」を情報源に「黒川氏は安倍官邸に近すぎる」「稲田氏が後任の検事総長に林氏を推薦したが、官邸が黒川氏を処遇するよう求めた」などと報じていた》。そのうえで、《だが、首相官邸関係者から見えた景色は、これとは異なる。安倍首相も「私は、むしろ林さんと親しい。黒川さんはよく知らないんだ」と当惑していた》。
最後のくだりにあるように、小田氏は、安倍首相と直接話せる立場にあるようだ。コラムに登場する情報源は政府筋、官邸筋で、全般に官邸サイドの代弁になっている印象を受ける。