牧太郎の青い空白い雲/1009
長いこと事件記者をやっていると、過激な取材先から、時には読者から「こんな記事を書く奴(やつ)は生かしておけない!」と言われることがある。
昭和のバブル経済の頃、悪徳不動産取引を取材した時、ある「大尽」と呼ばれる人物に東京・渋谷の事務所に呼び出され「コレでお前を殺すこともできるんだぞ!」と本物のピストルを見せられた。その業界では、「成功者」としてメディアにも紹介された人物が「殺す!」なんてセリフを使う。はっきり言って「仰天」だった。
まあ、記者稼業は「おどし」「誹謗(ひぼう)中傷」を受けるのは日常茶飯。だから、いつも「危険」を避けようと工夫する。
ところが最近、「普通の人」が「普通の人」から脅されている。たとえばプロ野球やサッカー、バスケットボールの選手。試合中、彼らのプレーをキッカケに選手らに「自殺しろ!」「日本から消えろ!」という言葉を浴びせられる。
その「おどし」の舞台は競技場ではなく決まったように「SNS」だ。
勝敗がはっきりするスポーツ。応援が過熱するのはわかるけど、気に入らないプレーをきっかけに、人々はSNSで選手の人格、容姿、国籍などまで揶揄(やゆ)。「家族への攻撃」をチラつかせることもあるらしい。SNSは匿名。だから何でも言えるのだろう。ともかく、最近のSNSは「読むに堪えない誹謗中傷、フェイクニュース」ばかり。その大半が「事実」を確認せず、ただ「お前が悪い!」と他人を攻撃する。
特定の個人や組織に対し、不特定多数の人が集団で非難、攻撃する。これをネットリンチと言うらしいが、「匿名」だから人々は「普段はしないような過激な行動」に加わる。「集団心理」なのかもしれない。攻撃する「動機」は? 一応「正義感」だろう。人々はSNSに参加して追及するのを「正義の鉄槌(てっつい)」と勘違いしている。
人間の脳にはドーパミンという神経伝達物質がある。快感、意欲、動機づけ、などを司(つかさど)る重要な物質だが、他者を攻撃すると、この快楽物質ドーパミンが出るらしい。そこで一段と厳しい制裁に走る。SNSリンチは「快楽」なのだ。今、一部だろうが、日本人は「SNSリンチの快楽」の虜(とりこ)になっていないか?
言論は自由だ。しかし、言論には「重大な責任」が伴う。
昨年秋、兵庫県知事選で斎藤元彦さんを応援し、「2馬力選挙」などと自らも立候補した立花孝志N党党首を兵庫県警が「元県議への名誉毀損(きそん)」容疑で逮捕、神戸地検が起訴した。不確かな情報で元県議を追い詰め、彼が自殺した後も「明日逮捕される予定」などと虚偽情報をSNSで流し続けたという。
SNSでは、猥褻(わいせつ)教師たちが隠し撮りした女児たちの写真をグループチャットで共有! という事件もあったけど......。SNSをまともな「道具」に戻そうじゃないか!
.....................................................................................................................
◇まき・たろう
1944年生まれ。毎日新聞に入社後、社会部、政治部を経て『サンデー毎日』編集長に。宇野宗佑首相の女性醜聞やオウム真理教問題を取り上げる。現在、毎日新聞客員編集委員。ブログに「二代目・日本魁新聞社」がある