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2019年12月15日号
知っているようで知らない老衰の真実 ピンピンコロリとはいかない
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昨年の死因順位の第3位に「老衰」が浮上し、注目されている。老衰死とは、高齢者が特別な病気や怪我でなく、徐々に衰えて自然に力尽きること。昨年の老衰死は約11万人だ。〝穏やかに枯れる〟イメージだが実態はどうなのか。現場を知る医師に聞く。

苦しみながら死ぬのは避けたい。できれば穏やかに、眠るようにと願う人は多いだろう。「老衰死」とはそのイメージに限りなく近く、年齢を重ねるにつれて心身の機能が衰えていき、終末期にはやせ細って元気がなくなり、やがて食べられなくなって迎える、つまりは〝自然死〟を指す。
かつては死亡診断書の「死因」に「老衰」と記すことが憚(はばか)られる雰囲気があったという。東京女子医科大(東京都新宿区)化学療法・緩和ケア科の林和彦医師は「老衰というのは診断できない、ある種〝敗北〟と捉える医師が以前はいたかもしれない」と振り返る。
「がんもそうですが、死が忌み嫌われてきました。医者といえば患者の病気を治療して、治すことが使命。生こそが是だったのです」
しかし厚生労働省の発表によると2000年代以降、老衰死の数が増えており、18年は第1位のがん、第2位の心疾患に続いて死亡原因の第3位に浮上した。老衰による死者は約11万人で、同年の死因の8%を占める。
12拠点、70人以上の医師を擁する首都圏最大規模の在宅医療グループ「悠翔会」代表の佐々木淳医師によると「今は老衰として死んでいくことが社会的に許されるようになった」という。佐々木医師は訪問診療を実施しつつ、在宅で終末期を過ごす患者に日々接する。
「『弱っているのに何も治療してくださらないのですか』というご家族はだいぶ少なくなってきました。最後の最後まで治療に全てをかけるのではなく、人生の最終段階は病気の治療を最優先しない傾向にある。全体的にみると老衰だよね、本人は生ききったよね、といえる人は確実に多くなりました」(佐々木医師)
老衰死が増えた要因として、湘南鎌倉総合病院(神奈川県鎌倉市)で訪問診療を請け負う吉澤和希医師は、「在宅看取(みと)りが増えてきたこと」も理由に挙げる。
「在宅診療の患者さんは、脳梗塞(こうそく)後遺症や足腰が弱るなど、通院できない基礎疾患がベースにあり、さらに入院して治療するような病気、経過ではないことが大半。本人も家族も体がだんだん衰弱していくのを抵抗なく受け入れられやすい環境であるともいえますね」
また、大きな病気をせずに長生きする高齢者が増えたことも影響している。医学が進歩し、栄養状態が良くなって、30年前には約3000人しかいなかった100歳以上の高齢者が今では7万人を超えているのだ。それも寝たきりでなく、家の中を一人で歩ける100歳以上も少なくなく、時間をかけて自然な死に向かいやすいと考えられる。

◇"苦しい"老衰死はない

それでは何歳から「老衰死」といえるのだろうか。
「難しいですが少なくとも平均寿命近くの80歳以降ではないでしょうか。それより前は持病が原因ということが多い」と吉澤医師。
佐々木医師も、老化のスピードは「個人差が大きい」と前置きした上で、「少なくとも後期高齢者、75歳以降でないと老衰という言葉に抵抗を感じる」という。
「平均寿命より早く弱る人というのは、交通事故や脳卒中発症など本来のポテンシャルより弱ってしまう〝きっかけ〟があることが少なくありません。外的要因を排除して穏やかに弱っていく曲線を考えると、早くて70代後半以降ではないでしょうか」
見た目の「老衰っぽさ」を指摘するのは、林医師だ。
「70代や80代でも、現役バリバリで仕事に取り組む人に老衰はそぐわない。少しずつ動けなくなって、そして食べられなくなって、脱水状態になり、枯れていく。老衰死とは〝枯れた〟人に対するはなむけの言葉のように感じます」
そして本人や家族、医療者側に「余裕」がないと受け入れにくいという。
取材を重ねるうちにその余裕とは、「時間」から生まれると感じた。患者は「自分の人生を生きた」という満足を得るため、家族は死を受け入れるためのスパンが必要で、突然死であるいわゆるピンピンコロリと、老衰死は全く違うものである。
「ピンピンコロリは、元気な人の〝急変〟であるため、救急車で病院に運ばれて、蘇生行為が行われます。家族も、病院で蘇生行為を受けなければ納得がいかないでしょう。そういった意味で突然ぽっくり死ぬのは、本人は苦しまなくても、家族は急すぎて後悔したり受け止めきれないかもしれません」(吉澤医師)
どうすれば時間をかけて徐々に死に向かう老衰死にたどりつけるのだろうか。言うまでもなく、高齢期に脳血管疾患や誤嚥(ごえん)性肺炎など突然死につながりやすい病気にならないことが大切だ。とすると、40代や50代などの早い時期に脳卒中などの病気を発症してしまったり、糖尿病などの持病を抱える人は老衰で死ぬことは不可能なのだろうか。「そんなことはありません。可能だと思います」と、佐々木医師が答える。
「老衰の経過で病気が大きく影響を及ぼして、本来の老衰のラインより早く亡くなったというなら『病気』ですが、年齢のほうが主たる要因とみられる場合は『老衰死』になります。麻痺(まひ)などの不自由な部分があって、人より早く弱ったとしても、人生の最終段階に無理な治療をしなければ老衰による死を迎えられます」
体の機能が徐々に低下し、自然に枯れていくというような老衰死の場合、大半は「苦しくない」というのが専門家の一致した意見だ。

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