一人暮らしであろうと家族と同居であろうと、倒れたその時に手を貸してくれる人がいなければ、わが家はたちまち危険な密室になる。心臓発作や脳卒中はいつ、どこで襲ってくるか分からない。いざという時のために何を、どう備えておけばいいのか。
「母親がお風呂上がりに倒れ、救急車を呼んだが間に合わなかった」
「息子が朝、起きてこないので見に行ったら、冷たくなっていた」
これまで、知人からそんな話を聞いたことは何度かあった。原因は心肺停止や脳卒中。突然死があることを知りながら、どこか他人事(ひとごと)だと思っている人は少なくないだろう。かくいう筆者もそうだった。あの日、倒れるまでは――。
昨年11月のことだった。打ち合わせに向かっていた昼時の東京・山手線の車内で「突然」は襲ってきた。
座席に座っていたが一瞬で気を失い頭から崩れ落ち、顔面を強打。大量の鼻血を流し、口からはブクブクと泡を吹いていた。
その姿を向かいの席で目撃した乗客が即座に救急車を手配してくれた結果、次の浜松町駅で待ち構えていた駅員が救命救急処置を行った。ほどなく駆けつけた救急隊により、近くの東京都済生会中央病院(東京都港区)に搬送され、そこからは〝最速バトンパス〟で、約1時間後には集中治療室で人工心肺につながれていた。
――と書いてはみたものの、失神してからの筆者の記憶はない。失った意識が戻ってから、駅員さんや医師に教えてもらったことだ。
「倒れたのが、人目のある車中だったのが幸いしました。自宅で倒れていたら、一人で死に、腐乱した状態で発見されていたかもしれません」
筆者の主治医である、同病院循環器内科の鈴木健之(けんじ)医師は、こう話す。
病名は「冠攣縮(かんれんしゅく)性狭心症」が原因となった「心肺停止」。文字通り、心臓に酸素や栄養を送る冠動脈が痙攣(けいれん)して急に縮み、酸素が心臓に供給されずに虚血状態になる病気だ。夜間の睡眠時や明け方の安静時に起こりやすく、突然死にもつながりかねない。喫煙や不眠、過労や飲み過ぎなどが原因とされるが特定はできず、痙攣は瞬間的に発生して15分ほどで治まるため、心電図検査をしても見つかりにくい。一人暮らしのフリーライターである筆者にとって、自宅はいつでも危険な密室になり得る怖さを改めて思い知る経験となった。
今年、新型コロナウイルスの感染拡大で盛んに「ステイホーム」が叫ばれているが、一方で何の備えもないわが家ほど恐ろしいものはないのだ。
消防庁の「救急・救助の現況」(2018年)によると、日本では17年中に約574万人が救急搬送されている。最も多い原因が「急病」で、実に6割超。その内訳は左のグラフの通りで、診断名不明確は約3割だが、脳疾患と心疾患等では16%を超えている。また、救急通報の56・2%が住宅で発生したものによる。通報してくれる人がいたのか、本人がしたのか、そこまでは明らかにされていないが、「突然」の多くが住宅で発生していることに変わりはない。
だが、「突然」は本当に前触れもなくやってくるのか。筆者自身、死線をさまよったのは青天の霹靂(へきれき)だと思っていたが、後になって振り返ってみると確実に予兆はあった。倒れる2週間ほど前から、早朝に限って胸の真ん中がモヤモヤと痛んでいたのだ。しばらく横たわっていると治まるので放置していた。また、「心臓は左側」という思い込みから心疾患の可能性を考えなかったが、実際、心臓はほぼ胸の中央にあり、やや左に傾いているだけにすぎない。もし心臓の異変を疑って検査を受けていれば、血流を改善する薬や血管を拡張する薬などの投与で、未然に防げたかもしれないのだ。
「最初の発作が致命的になりがちな心疾患では、予兆のあるケースが多い。一般的には発病前1カ月以内に胸に何らかの自覚症状が出るといわれます。特に1、2週間前から数日前が注意。のど、あご、胸からみぞおち、お腹(なか)周りに異変が出やすいのです。僕は『ネクタイの範囲』と表現していますが、ここに圧迫感や痛みが出て、数分から十数分続く場合は気を付けてください」(鈴木医師)