サンデー毎日

コラム
青い空白い雲
2025年8月17日号
「スパイ防止法」ができたら「自由な取材活動」はできなくなる?
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牧太郎の青い空白い雲/996

「西山事件」をご存じだろうか?

〝日米密約〟を暴いた記者が逮捕された事件――。参院選での〝右傾化政党〟の躍進を見て「あの時」のことを思い出した。

 1971年、第3次佐藤栄作内閣は米ニクソン大統領と「沖縄返還協定」を結んだが、そこには〝隠された密約〟が存在した。その〝密約〟を暴いたのが『毎日新聞』政治部記者の西山太吉さん。アメリカは軍用地の復元補償費400万㌦を支払うのだが、それは見せかけ。実際は日本が400万㌦を負担するのだ。西山さんは親しい外務省の女性事務官から、この〝密約〟を証明する秘密電文を入手していた。取材源保護のため、西山さんは『毎日新聞』では明確な形で「密約の存在」を報じなかった。が、求められて日本社会党議員にこの「とっておきの情報」を提供。72年、この議員は「密約」問題を追及、佐藤内閣の責任が問われる事態になった。そこで佐藤内閣はある決断をした。「秘密漏えいをそそのかした」として、西山さんと女性事務官を「国家公務員法違反容疑」で逮捕した。西山さんは首相の政敵!と言われる政治家と親しかった!との説もあるが、政治記者逮捕は前代未聞だった。

 当時、社会部の「駆け出し記者」だった僕には、何が起こったのか?よく分からなかった。

 ただ、起訴状に女性事務官から文書を手にした経緯について「ひそかに情を通じ」という記載が......。世間の関心は「国家が国民を欺いたかどうか?」より、男女のスキャンダルに引き寄せられた。『毎日新聞』は世間の批判を受け、西山さんは退社、最高裁で懲役4月、執行猶予1年の有罪が確定した。

 駆け出し記者にとって「権力の怖さ」を知る大事件だった。

 しかし、である。記者の仕事は「権力の嫌がる真実」を暴くこと。(身の安全を守りながら)あえて「真実」を報道するのが使命! ギリギリのところで取材活動を続けているつもりだ。

 参院選。「第三極」と言われる国民民主党、参政党が躍進した。目に余る「自民党の体たらく」。気になるのは参政党が「スパイ防止法」制定を目指していることだ。この法律、85年に自民党が国会に提出したが、「言論や報道の自由」を侵害する懸念から廃案になった。

 確かに、多くの国が「防止法」を持ち、FBI(米連邦捜査局)などがスパイを取り締まっている。参政党の神谷宗幣代表は、日本が「スパイ天国」であると繰り返す。

 だが、過去に国会に提出された自民党の「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」をよく読むと......。防衛・外交にかかわる「国家秘密」の内容が広範囲・無限定。国(行政当局)の恣意的専断が可能だ。もし、こんな法律が通過すれば......自由な取材活動は? 何やら「戦前戦中の御用記者」になりそうだ(笑)。

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 ◇まき・たろう

 1944年生まれ。毎日新聞に入社後、社会部、政治部を経て『サンデー毎日』編集長に。宇野宗佑首相の女性醜聞やオウム真理教問題を取り上げる。現在、毎日新聞客員編集委員。ブログに「二代目・日本魁新聞社」がある

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