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2023年11月19日号
韓国 雑踏事故から1年経た梨泰院 人通り減も責任追及は進まず
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「今年のハロウィーン行事はしない」。ソウル市内に住む日本人の母親は、子どもが通う幼稚園からの連絡に胸を痛めたという。159人の死者を出したソウル・梨泰院(イテウォン)の雑踏事故から10月29日で丸1年。子どもたちが最も楽しみにしているイベントの一つだが、今年は中止した幼稚園や施設が多かったという。

 ハロウィーンを祝おうと集まった人たちが狭い路地に集中して発生した大惨事は、2人の日本人犠牲者を出した日本にとっても記憶は新しい。例年、大騒ぎになっていた東京・渋谷のハロウィーンが今年は比較的静かだったのも、渋谷区や警察の呼びかけや対応があった一方、昨年の梨泰院での事故の影響も少なからずあったのだろう。

 10月に入り、ソウルには事故の犠牲者を弔う紫色の服を着た人たちが各種の追悼行事を行っていた。事故から1年となる当日もソウル市中心のソウル広場では遺族主導の追悼集会が行われ、広場は紫色で埋め尽くされた。

 市民たちの安全意識は高まったのか。ソウル市によれば、梨泰院の今年の人出は約1万4000人で、昨年の5万5600人から大きく減った。弘大周辺や江南駅など他の大繁華街での人出は昨年並みで、相対的に穏やかなハロウィーンになったという。また、事故発生後の検証で「歩行者が右側通行を守っていれば事故は防げた」といった分析が知られていたため、こういった繁華街では警察が警備する中、右側通行を守ろうとする市民らが多かったようだ。

 一方、「再びこのような事故を起こさない」という遺族らの願いほどには、政府などへの責任追及や対策は、まだまだ進んでいない。10月29日には韓国国会では追悼祭が開かれ、「惨事発生の根本的原因の追及と再発防止のための法や制度を整備する」という「記憶と誓い」が発表された。しかし、事故への対応のまずさを強く批判されたソウル市や警察庁に対しては、刑事責任は問われず捜査は終了してしまった。

 事故を受け、「国家が責任を取り、再発を防ぐ」として「国家安全システム改編総合対策」が鳴り物入りで行われた。ところが、作業中に97の課題が洗い出されたものの、課題を解決へと完了させたのはわずか10件ほど。2027年までに課題全てへの対策を完了させるようだが、既に無理との声も聞こえてくる。

 安全対策を強化するなど、国会に提出された事故関連の法案は、この1年で46件にも上った。ところが、本会議を通過したのはわずか1件のみ。事故に遭遇した「生存者」への心身のケアも制度的に不十分という不満も噴出している。

 結局、事故をめぐって韓国与野党の政治的対立ばかりが露呈しているのが現状だ。前出のソウル広場での集会には尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が出席しなかった。これを最大野党「共に民主党」は強く批判しているが、与党側は「野党主導の集会で、追悼の日を政争の具にした」と反発。政治家は保革対立ばかりけしかけ、結局事故の責任や対策は後回しだ。

 韓国では惨事が起きるたびに「安全不感症」という言葉が繰り返される。再発防止という遺族の願いは、政治家の不感症が続く限り、届きそうにない。

(浅川新介)

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