昨年11月、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)・朝鮮労働党総書記のICBM(大陸間弾道ミサイル)の試射場の視察に帯同した娘。今年元日にはミサイル工場を訪れたと、朝鮮中央テレビなどが伝えた。
金総書記には従来、夫人・李雪主(リ・ソルジュ)氏と3人の子どもがいるとされてきた。2010年生まれの息子、13年生まれで今回工場を訪れた名前が「ジュエ」とされる娘、そして17年生まれの性別不明の子という構成だ。だが、ここにきて「子どもは本当に3人なのか」との疑問が広がっている。
理由の一つは、娘が13年生まれの9歳の割には体格がよいことだ。そう言われると、確かに背が高いほうかもと思えなくもない。
もう一つ有力な理由は、「長男ではなく、なぜ長女が視察したのか」という疑問だ。社会主義で男女平等が建前の北朝鮮だが、依然として家父長制の意識が強い。金総書記自身そうであったように、男性が後を継ぐことが自然と思われがちだ。なのに、なぜ娘なのか。それゆえに「子どもは娘1人だけなのではないのか」という疑問が消えない。
22年11月の視察後、北朝鮮メディアは「歴史的な重要戦略兵器試射場に、愛する子と女史とともに......」と報道した。女史は李夫人のことだが、子は直訳すると「子弟」と表現される。北朝鮮の国語辞典では、「子弟」とは「他人の息子、あるいは息子とその兄弟に対する尊敬語」とある。ただ、同じ発音で「姉弟」という表記もあり、「娘とその兄弟」という意味になる。となると、ジュエさん以外にも、やはり兄弟がいるのかもしれない。
そもそも「子どもが3人」という情報は、韓国の情報当局によるものだ。「確かな証拠があっての3人という判断。1人ということはあり得ない」(韓国政府の情報関係者)と情報の信頼性には自信を見せる。同時に「ミサイルなど軍事に最も関心を示しているのが娘であり、試射場にはほかの2人の子どもが来た。ただ、写真に入らなかっただけ」(同)という見方がある。しかし、これでは逆に3人で写真を撮らない理由が分からない。
一方、「北朝鮮から『子どもが3人』と言ったことがない。娘の存在と名前は、米国のプロバスケットボール選手の(デニス・)ロッドマン氏が訪朝した時の証言だ」と北朝鮮に近い関係者は言う。さらに「1人しかいないから、娘を連れてきた。そう考えるほうが自然」と断言する。
女性が後継者となり得るかという疑問には、「実は金総書記はフェミニストではないか」(韓国の北朝鮮研究者)という見方もある。金総書記の実妹の金与正(キム・ヨジョン)・党副部長、玄松月(ヒョン・ソンウォル)・党中央委員会委員兼宣伝扇動部副部長、崔善姫(チェ・ソニ)外相など「北朝鮮でこれほど女性が要職を務めている時代はない」(前出の研究者)ためだ。李夫人もしばしば現地視察に同行している。
したがって「娘がトップに就いてもおかしくはない」と金総書記は考えているのか。だが、女性がトップに就くには国民からの違和感、反発も確かに根強い。ならば、今から娘を国民に見せ、自らに帯同する光景を広めることで、地ならしを始めたのではないか―。金総書記の家族関係には興味が尽きない。
(浅川新介)