サンデー毎日

コラム
青い空白い雲
2026年6月28日号
阿部定事件を〝ガス抜き〟に使った「あの時」と同じ高市情報操作?
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牧太郎の青い空白い雲/1029

 昭和111936)年226日「二・二六事件」が起こった。

「皇道派」と呼ばれた陸軍青年将校が下士官と兵1483人を引き連れ決起。政府要人を襲撃するとともに、永田町や霞が関などを占拠。クーデターである。

 青年将校らは陸軍首脳を通じて、昭和天皇に「昭和維新の実現」を訴えたが、天皇は激怒。「朕(ちん)自ら近衛師団を率いて鎮圧するも辞さず」と話され、反乱軍は天皇の奉勅命令を受けた戒厳部隊に包囲され、下士官と兵の大半が帰順。青年将校も自決した1人を除いて逮捕された。

 クーデターは一応収まったが、時の岡田啓介内閣が総辞職。後継の広田弘毅内閣が「思想犯保護観察法」という新法を成立させた。思想犯の意見・表現の自由を制限し、公権力の下に監視しておくための法律である。

 東京市は戒厳令下に置かれ、厳しい報道規制が行われた。日本中が「重苦しい空気」に支配された。

 ところがである。落ち込んでいた「日本人の気分」を一変させる「もう一つの大事件」が起こった。

 約3カ月後の518日、東京市荒川区尾久の待合茶屋に泊まっていた阿部定(当時30歳)が情交の最中に愛人を帯で絞殺。何と相手の局部を切り取って逃走したのだ。逮捕されるまでの3日間、定はその局部を紙に包んで持ち歩き......。ともかく衝撃的な猟奇的殺人事件だった。

 新聞は連日「阿部定情報」を詳しく報道した。なぜか、この事件は「何を書いても自由」だった。お上は二・二六事件以降、沈んでいた「国民の気分」を晴らす格好の話題!と判断したのだろう。「阿部定事件」は〝ガス抜き〟だった。

 今年春、なぜか日本中で「奇妙な事件」が立て続けに起こった。

 京都府南丹市園部町で行方不明になっていた小学5年生が遺体で見つかった事件。北海道の旭山動物園で飼育員の男が自身の妻を殺害し、園内の焼却炉に遺体を遺棄し損壊したとされる事件。最近では、栃木県で女性が殺害されたトクリュウ事件―。テレビの情報番組は「これでもか! これでもか!」と連日、奇妙な事件の裏情報を流す。視聴率もいいらしい。

 それはそれで「興味」はあるけど......。もっと大事なニュースがあるんじゃないのか? 高市早苗内閣が進めようとする法制度は、それこそ「国論を二分する政策」......。経済安全保障推進法、国家情報会議設置法、旧姓使用の法制化......。改憲にも取り組もうとしている。

 だというのに......。多くのテレビ番組は「奇妙な事件」ばかりで「肝心なテーマ」を取り上げない。

 なぜだろう? 「阿部定事件」で大騒ぎした1936年初夏、何の議論もなく「思想犯保護観察法」が成立、独裁政治に突っ走ったのだ。今の日本はどこか「あの時」に似ている。

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◇まき・たろう 1944年生まれ。毎日新聞に入社後、社会部、政治部を経て『サンデー毎日』編集長に。宇野宗佑首相の女性醜聞やオウム真理教問題を取り上げる。現在、毎日新聞客員編集委員。ブログに「二代目・日本魁新聞社」がある

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