牧太郎の青い空白い雲/1019
その昔、経済部の「ちょっと年上の先輩」から【月30万円×12カ月×30年=1億800万円】という〝方程式〟を見せられた。
「定年は60歳!」といわれた時代である。
「定年後、生活費を月30万円とすると......30年生きればザッと1億円かかる。退職金が3000万円としても、7000万円の預金が必要なんだ。取りあえず預金しろよ!」と先輩はアドバイスしたが......。その時「90歳まで生きることはない」と笑い飛ばした。
ところが......今や「人生100年時代」である。下手をすれば......100歳まで生きるかもしれない。
80歳台になって、やっと「おカネ」のありがたさに気がついた。あの先輩は「1億円」を用意したのかしら?
他人は他人、俺は俺!とは思ったが......。一応、例の〝方程式〟で計算すると、これから20年生きるとして7000万円ぐらい必要だ。
預貯金には無縁。だから「蓄え」はゼロに近い。
でも......ごく普通の高齢者(65歳以上の約3619万人)は「億」とは無縁だろう。むしろ、老人の多くが貧乏だ。
およそ10年前、藤田孝典さんの著書『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』が話題になった。その当時、生活に困窮化した「年寄り」はザッと600万〜700万人。その後、年金受給額の実質減、物価高騰、医療・介護費負担の増加により「下流老人」は1000万人以上に膨れ上がっているはずだ。「1億円を持っている老人」なんて、そんなにいるはずがない!
そこで、あの先輩に電話した。
「預金1億円? 冗談じゃない。65歳で定年してから約10年。退職金を取り崩して、月30万円を続けたけど......。その後は月20万円の年金でカスカスの生活。惨めなものだ」と大笑いする。
先輩も「並の貧乏人」なんだ。何となくホッとした。
「今どき預金をすれば、それだけで損をすんだゾ......。インフレタックス、知っているだろう? 日本人はインフレ税で大損をしている」
消費税じゃなくてインフレ税?
そういえば、何かで読んだことがある。物価上昇(インフレ)に伴い、おカネの価値が下がり、預貯金の実質価値が減少する。その一方で、政府の抱える国債などの借金負担が実質的に軽くなる。
ということは......「家計から政府へ購買力が移転することだ」と先輩が解説する。
「見えない増税!ということですか?」
「その通り。だからインフレ税。若い頃、預金すれば損をするなんて知らなかった」
法律による課税ではないけど、国民は気づかないうちに「インフレ税」を納めている。
長生きは良いけど......。我々は嫌な時代に生きている。
◇まき・たろう
1944年生まれ。毎日新聞に入社後、社会部、政治部を経て『サンデー毎日』編集長に。宇野宗佑首相の女性醜聞やオウム真理教問題を取り上げる。現在、毎日新聞客員編集委員。ブログに「二代目・日本魁新聞社」がある