サンデー毎日

コラム
青い空白い雲
2025年9月 7日号
小さな牧場を助け、2000勝を挙げる馬主「メイョウ」さん!
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牧太郎の青い空白い雲/998 

「世界一の馬主」はドバイの首長・シェイク・モハメドさん(アラブ首長国連邦の首相)だろう。何頭走らせ、何億㌦稼いだか? 全く分からない。彼は英国留学中に、競馬場の柵にもたれ、何頭も何頭も競走馬を見続け「俺は世界一の馬主になる!」と話した。多分英国の、特に英国王室の「華麗なる馬文化」を知り、エラく感動したのだろう。強い競走馬こそ王室の象徴だと!

 事実、英国の王様は揃(そろ)って競馬好き。例えば、名門アスコット競馬場を創設したアン女王。また、歴代国王の中で唯一在位中に英ダービーを制したエドワード7世。亡くなったエリザベス女王も障害レースが大好きで、馬主としての初勝利は1949年、モナヴィーンという障害馬だった。ともかく、英国では馬主になることが「誇り」。モハメドさんも、カネではなく「名誉」を追ったのだろう、

 日本の競馬界は幾分違う。(全てがそうではないが)「アイツ、馬主になったらしい」との話は「何かで大儲けしたんだろう」という陰口がついたりする。日本では何かにつけて「カネ」が絡む。

 ところが、この人だけは違う。「メイショウ」という冠名で知られる松本好雄オーナー(87)。〝知り合い〟である。

 松本さんの本職は、世界シェア4割を占める大型船舶用ディーゼルエンジンを手がける「㈱きしろ」代表取締役会長。「職人」である。趣味は将棋。腕前はアマ六段。2006年から09年まで女流棋戦「きしろ杯争奪関西女流メイショウ戦」のスポンサーとなっている。

 その松本さんが、たまたま中央競馬の馬券を買ったのが1959年の皐月(さつき)賞。彼の狙ったウイルデイールが勝った。それがキッカケで「自分の馬を持って、いい場所で競馬を見たい」という気持ちになった。初めて持ったのはファイアスという牝馬。小倉競馬場でデビューしたが、木曜日の朝に調教すると聞けば、自宅の兵庫県明石市から日帰り。出走する土曜日には朝一番で小倉に。残念ながら7着だった。そんな調子で次から次へと愛馬を増やす。馬の名前の冠に明石市の「明」、松本の「松」を組み合わせ「メイショウ」と名付けた。

 その松本さんの馬が2000勝を挙げる。個人馬主としては多分「日本新」だろう。勝利数より驚かされるのは、彼が「小さな牧場」から馬を買い続けていることだ。「社台グループ」という競走馬生産牧場集団の良血馬に席巻されている昨今、なぜか松本さんだけは「小さな牧場」と交流し、「良血」とは言い難い馬を買い続けている。

 それが彼の「誇り」なのだろう。

 馬主席にいる馬主さんは自分の馬のレースが終わるとサッサと帰ってしまうが、松本さんはいつも最後までいる。そんな「メイショウ」さんは〈日本一の馬主〉ではあるまいか?

 ◇まき・たろう

1944年生まれ。毎日新聞に入社後、社会部、政治部を経て『サンデー毎日』編集長に。宇野宗佑首相の女性醜聞やオウム真理教問題を取り上げる。現在、毎日新聞客員編集委員。ブログに「二代目・日本魁新聞社」がある

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