牧太郎の青い空白い雲/966
11月初め「人身事故」にあった。と言っても、交通事故ではない。病院の廊下で反対側から歩いて来た人物とぶつかり大きく転倒した。
実は三十数年前の脳卒中の後遺症で右半身麻痺(まひ)。日ごろ、杖(つえ)の支えでゆっくりゆっくり歩いているので、真正面からやって来た若者の〝スピード〟を避(よ)けることができなかった。
「交通事故にあったみてえ!」と愚痴を言っていたが、「念のため、頭のCTを撮りましょう」と言われたら......。「外傷性くも膜下出血の疑い」と言われた。小さな出血が確認された。
意外だった。
外傷性くも膜下出血では、中枢神経や末梢(まっしょう)神経を損傷し、皮膚の感覚障害や両手足の麻痺が残ることがある。それどころか、この病気では約25%が発症後、24時間以内に亡くなるらしい。
「頭は痛くないか?」と再三、聞かれたが普通と変わらない。で、点滴を受け、そのまま入院した。
「脳卒中、脳梗塞(こうそく)、それに今度はくも膜下......。まるで『脳病の三冠王』じゃないか?」と冗談を言って病室に入ったが......。「こんな小さな事故で死ぬのかなあ?」「80歳になって平均寿命に近いから文句は言えないよなぁ」「同級生のアイツ(病院の院長)も死んだんだから」......。そんなことを考えていたのだが、落ち着いてみるといつもの好奇心が働き出し「病棟の動き」が気になってきた。
ともかく、この病院の人はよく働く。外国人看護師の男性は当方の「汚れたオムツ」を取り換え、お尻の隅から隅まで奇麗にしてくれる。
彼をはじめ、看護、介護のスタッフは朝から晩までフル回転。ともかく忙しい。用事でナースステーションに連絡しよう!と思っても......。つい遠慮してしまう。
患者仲間の話で「この病院はまだ良い。人手不足で倒産したところもある」と聞いた。どこもかしこも、医療機関は人手不足でアップアップだ。
今年は「2024年問題」。医師の働き方改革で「時間外労働の上限規制」が実施された(医師の時間外・休日労働時間は、原則として年間960時間以下に制限)。
しかし、医療の現場ではそんな「規定通り」にはいかず、医師は黙々と働き続けている。
医療には「2025年問題」というものもある。日本の人口の年齢別比率が劇的に変化し、約800万人の「団塊の世代」が後期高齢者になるのは来年(人口の約18%が後期高齢者)なのだ。
人口は減り続け、2070年には約8700万人になるという。現役世代が「年寄り」を医療費の面でも支えることができるのか?
ベットの中で「103万円の壁」より「2025年の崖」のほうが気になって仕方なかった。
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◇まき・たろう
1944年生まれ。毎日新聞に入社後、社会部、政治部を経て『サンデー毎日』編集長に。宇野宗佑首相の女性醜聞やオウム真理教問題を取り上げる。現在、毎日新聞客員編集委員。ブログに「二代目・日本魁新聞社」がある