サンデー毎日

コラム
青い空白い雲
2024年10月20日号
「袴田巖さん再審無罪」で思い出す「あの大スクープ」の光と影
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牧太郎の青い空白い雲/962 

 1960年代の古〜い話で恐縮だが、10代の頃、NHKのテレビドラマ「事件記者」に夢中だった。

 記者たちが所属する「警視庁桜田クラブ」と「居酒屋ひさご」がドラマの舞台。そこで繰り広げられる取材合戦の裏側。いつもハラハラ、ドキドキして見ていた。「最高視聴率」(196364日)が471%。日本人の半数がこのドラマのファンで、いつの間にか新聞記者という職業は「花形」になった。早稲田の新聞学科を卒業して、運よく毎日新聞社の入社試験に合格した66年の夏。高校の恩師から「事件なら毎日!だから」と褒められた。

 ドラマ「事件記者」に登場する新聞は4紙。『東京日報』『新日本タイムス』『中央日日』『毎朝』......。いつも特ダネをスクープするのは『東京日報』。滝田裕介が演ずる「イナちゃん」や園井啓介が演ずる「ヤマさん」が大活躍する。

 恩師によれば、この『東京日報』の「イナちゃん」のモデルは、「○◯ゴリラ」という渾名(あだな)を持つ『毎日新聞』の名物記者。「実は、俺の義理の兄なんだ。今、静岡支局長だから身元引受人になってもらえばいい」と勧められた。66817日だったと思う。静岡支局を訪問。「身元引受人」になっていただいたお礼。それに「将来、事件記者になりたい!」と希望を話した。

「ふーん、事件記者になりたいのか? とりあえず、今夜はここに泊まっていけよ」と言われた。

 その翌朝、『毎日新聞』の朝刊を見て驚いた。1面に「静岡県清水市の一家4人強盗殺人事件で逮捕状」。日本中が注目した事件が急展開した。他の新聞にこの情報は載っていない。

「若い支局員が抜いた」と○◯さんは言われたが......。最後は彼自身が警察庁の幹部に「ウラ」を取っていたのだろう。入社前に目撃した「スクープの現場」。一生、忘れられない出来事だった。

 ここまで読んでいただければ、お分かりになると思うが、この年の6月に起こった「清水市一家4人殺害事件」。今年926日、強盗殺人などで死刑が確定していた袴田巖さんに対する「再審」で、静岡地裁は無罪判決を言い渡した。裁判所は「捜査側の証拠に捏造(ねつぞう)があった」と認定した。

 あの時、警察が袴田さんを逮捕する「事実」を他のメディアより早く報じたのは『毎日新聞』の「お手柄」だったが......。事件記者たちは「取り調べの実態」を突き止めることができなかった。

 ○○さんが社会部部長になった頃、僕は警視庁担当を命じられ、4年間、事件記者を務めた。失敗ばかりで「特ダネ記者」にはなれなかったが......。どんな「特ダネ記者」でも「真相」に近づくことは並大抵ではない。

 80歳に近くなり、「記者の限界」のようなものを感じているのだ。

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 ◇まき・たろう

 1944年生まれ。毎日新聞に入社後、社会部、政治部を経て『サンデー毎日』編集長に。宇野宗佑首相の女性醜聞やオウム真理教問題を取り上げる。現在、毎日新聞客員編集委員。ブログに「二代目・日本魁新聞社」がある

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