サンデー毎日

コラム
青い空白い雲
2023年12月17日号
祖父・牧文次郎が編集した『新撰 皇國道中明鑑』を発見した!
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牧太郎の青い空白い雲 /927

 長いこと探していた古本をネットで発見、ついに手に入れた。明治時代、母方の祖父・牧文次郎が編集した『新撰 皇國道中明鑑』。
 

 東京・柳橋の料亭「深川亭」の倅(せがれ)に生まれた文次郎(深川屋文吉五代目)は「版元業(出版)」に興味を持ち、日本橋「洋書の丸屋善七店」(通称・丸善)の丁稚(でっち)になって勉強。独立して「深川屋蔵版」を作った。家業の料亭「深川亭」も継ぎ、昭和初めまで日本一の花柳界と言われた東京「柳橋料亭組合」の組合長として活躍したが、なぜか「お祖父(じい)ちゃんの作った本」は家中探しても見つからない。

「お前のお祖父さんは、あんな昔に平気で上海に遊びに行ったり、浅草の芸者さんをお妾(めかけ)にしたり......。好き勝手な男。でも本作りは真剣だった」と母は言い、「お祖父さんの作品」は大事にしていたのだが......。第二次大戦の空襲ですべて焼けてしまったようだ。どんな時代でも文化の敵は戦争なのだろう。

 僕が生まれる前に亡くなった「お祖父さん」はどんな人物か?調べてみると彼が作った『新撰 皇國道中明鑑』という本が国会図書館に保管されていることに気づいた。であれば、古本市場に出てくるかもしれない。約10年待った。
 

 ところが、である。
 前号の【「税率300%」の酷税をご存じか?】と題して「料亭と税金」をテーマに掲載する時、念の為、「文次郎」のことを調べたら、何と「あの本」がネットで〝売り〟に出されていたのだ。
 

 早速、入手した。【旅行必用 驛路明細 新撰 皇国道中明鑑 東京 深川屋藏版】の表紙。和装横本で、何と、縦9㌢×横12・4㌢。ページ数40。小さな小さなポケット本だった。発行は明治20(1887)年10月21日。定価15銭。「編輯(へんしゅう)兼出版人 日本橋区薬研堀町十四番地 牧文次郎」とある。内容は......。鉄道賃金表などに始まり東海道、中仙道、奥州街道などの「道順」がイラスト入りで書かれている。「諸國温泉」欄には有名温泉宿の名前がある。要するに、今の旅行ガイド本らしい。「東京町村一覧表」は小さな町まで網羅。「大日本國立銀行一覧表」では資本金を明記している(例えば、東京、第一銀行、百五十万円。大坂、第十三銀行、五十万円)。経済規模がわかる。旅行ガイド本というより、旅行を通じて「国力」を表している。
 

 お祖父さんの本探し。古本屋さんに「1万700円」も支払ったが、決して「高く」はなかった。
 

 実は、もう一つ「文次郎の作品」を探している。「歌舞伎十八番の内 女捕」の役者絵。正成の柏方を九代目市川團十郎が演じた場面を「彫弥太」さんという方が彫ったもの。明治25(1892)年春、文次郎が版元として、この浮世絵発売にかかわっているらしい。
 

 これを買う資金があるかどうか?はなはだ疑問だが、先祖を「探す」のも結構楽しいじゃないか。

まき・たろう
 1944年生まれ。毎日新聞に入社後、社会部、政治部を経て『サンデー毎日』編集長に。宇野宗佑首相の女性醜聞やオウム真理教問題を取り上げる。現在、毎日新聞客員編集委員。ブログに「二代目・日本魁新聞社」がある

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