牧太郎の青い空白い雲/907
事件記者だった若い頃、連日連夜「張り込み」という時代があった。
ある汚職事件で、関係者が政治家に贈った「高価な美術品」を人里離れた倉庫に隠そうとする「決定的な瞬間」を写真に撮ったこともある。
しかし「成功」したことはほとんどない。電柱の陰に隠れ、張り込みを続けながら「(情報提供者が)ハナシだけでなく、写真を提供してくれればよかったのに」と嘆いたこともある。手元に「写真」があれば事件の当事者を直撃して、「事実確認」すればよい。
そんな「昔」と比べると、誰もがスマホを持ち歩く昨今、「張り込み取材」もだいぶ楽になったのだろう。
話題になった『週刊文春』の「岸田一族『首相公邸』大ハシャギ写真」というスクープ記事。岸田首相の長男で首相秘書官を務める翔太郎さん(6月1日付で辞職)が昨年末、親戚一同と首相公邸で忘年会を開き、「一族」が赤絨毯(じゅうたん)の敷かれた階段に並んで立つ「写真」が掲載された。別の写真ではコップ片手に「わがもの顔」で寝そべっている男性も写っている。
この「西階段」は旧官邸時代、組閣の際に新閣僚がひな壇に並んで記念写真を撮影していた場所。まるで、岸田一族が「組閣ごっこ」を楽しんでいるような気分だ。
それにしても、誰が「この写真」を『週刊文春』に提供したのか?大いに気になる。
実は「西階段の組閣ごっこ写真」の流出は安倍内閣でも起こっている。写真誌『フライデー』(2015年7月10日号)に掲載された写真。階段の中央に安倍首相。囲むように、音楽プロデューサーの秋元康さん、幻冬舎社長の見城徹さんら「5人の男」が直立不動で立っている。安倍さんの「オトモダチ」の記念写真? あの時も誰が『フライデー』に持ち込んだのか、話題になった。
「誰かが、自慢話でこの種の写真を見せ、これをコピーした人が週刊誌に持ち込んだ」と推測できるが......。そのたびに「犯人捜し」が始まる。
誰かが週刊誌に不正を密告して、スクープ記事が生まれると、今度は「誰々が秘密を漏らした」と密告する。記者さんは楽になったが、スクープ記事が登場すると、あちこちで「密告者」捜しが始まる。
連日報道される「猿之助一家心中騒動」。誰が「猿之助のセクハラ行為」を週刊誌に漏らしたのか? 「犯人捜し」が続いているそうだが......。「密告ごっこ」もいい加減にしようじゃないか?
日本には「大目に見る」という「やり方」がある。「大ざっぱに見積もる」「細かいところを見ない」。失敗を厳しく追及せずに、放っておく。
大目に見ないと「密告時代」の犠牲者が増えるばかりだ。