牧太郎の青い空白い雲/902
国宝「善光寺本堂」(長野市)の前でいつも参拝者を出迎えていた「おびんずる様」(賓頭盧尊者)が突如、姿を消したのは4月5日の朝のこと。大騒ぎになった。
本堂周辺の防犯カメラに「おびんずる様」の木像を脇に抱えて逃げ出す男の姿。同日午前には松本市内で犯人が逮捕され「木像」は無事だったが......。窃盗容疑で逮捕されたのは、善光寺から約1200㌔も離れた熊本県御船町に住む34歳の無職男。「あんなものがあったら地震や事件が起きる」「どこかに埋めてやろう」などワケの分からないことを言っているらしい。
突然、盗まれた「おびんずる様」とは、どんな仏なのだろう?
お釈迦様の弟子「十六羅漢」の中でも博識で慈悲深く、未来を見通す能力、他人の心を読み取る能力、見えるはずのない物を透視する能力、宙に浮き空を歩く能力......。いわゆる「神通力」を持った超一流の仏様だ。白髪長眉。彼の説法には異論反論を許さず、ライオンのようだったので「獅子吼第一」と言われていたらしい。
ところがこの仏様、何しろ勝手気まま。自信たっぷりに「神通力」を乱用したので、お釈迦様は「この世にとどまって仏法を守り、人間の病を癒やし、多くの衆生を救いなさい」とお怒りになった。「涅槃(ねはん)」(煩悩から解き放たれた境地)に入ることが許されなかった「おびんずる様」は、(善光寺の場合)本堂に入れず「外陣」にいて参拝者を歓迎する存在になった。「おびんずる様」を撫(な)でれば病気や痛みが治るとの評判で、約300年間「撫仏(なでぼとけ)」として大活躍している。
「おびんずる様」の木像を盗んだ犯人は転売する目的もなく、ひょっとするとこの「全知全能の神通力」に嫉妬した!のかもしれない。
と言うのも当方、21世紀の神通力「AI」(人工知能)に嫉妬している。特にマイナンバーカードという「神通力」に違和感を持つ。
岸田内閣は、運転免許も健康保険証もマイナンバーカードで!と声高だが、そんなことができるのか? 健康保険証を2024年秋に廃止。マイナンバーカードと一体化した「マイナ保険証」を導入する!と言うのだが、医療機関には「とんだ迷惑」。マイナ保険証を読み込み、健康保険の資格有無を調べる「オンライン資格確認」が来年4月から義務化されるそうだが、その費用を誰が払うのか? この負担が重くて、知り合いの内科医は「廃業するしかない」と嘆く。
それでなくても、失(な)くしたら?
システムエラーが発生したら?
個人情報漏えいのリスクは?
と疑問は残る。しかも、マイナンバーカードで完全に自動化できるわけでもないのだ。
勝手気ままに「神通力」を乱用した弟子を許さなかった、お釈迦様に聞いてみたい。岸田内閣の中途半端な「AI神通力」を許してよいのだろうか?