サンデー毎日

コラム
青い空白い雲
2023年4月16日号
「必勝しゃもじ」には気の毒だが「戦争の勝者」は存在しない!
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牧太郎の青い空白い雲/900

 岸田文雄首相がウクライナを電撃訪問した時、地元広島の名産品「宮島の〝必勝〟しゃもじ」をゼレンスキー大統領にプレゼントした。

 宮島しゃもじは寛政(1789〜1801)の頃、宮島・神泉寺の僧・誓真という人物がある夜、弁財天さまの夢を見て、「琵琶」に感動。夢に見た「琵琶の形」をヒントにしゃもじを考案した。以来、この地の人々が「御山の神木」を使って「しゃもじ」を作った。これでご飯をいただけば「福運」を招く!という言い伝え。要するに「縁起物」である。

 遠い明治の昔、日清・日露戦争が起きた頃、「しゃもじで飯取る」=「敵をめしとる」という〝語呂合わせ〟で、多くの兵隊さんが「しゃもじ」を厳島神社に奉納した。今も「すくいとる部分」に必勝、商売繁盛、夫婦円満など「お願いメッセージ」が書かれている。

 今回の首脳会談で多分、岸田さんは「日露戦争で日本は当時のロシアに圧勝した」と話し、ロシアの侵攻と戦う大統領を激励したのだろう。そこで縁起物の「必勝しゃもじ」が登場した。

 それにしても、ウクライナ戦争では多くの両国民が死亡している。「勝ち負け」を言う事態ではない。「あどけない」と言おうか、天真爛漫(らんまん)、天衣無縫と言うか、岸田さん、いくら地元の名産品を宣伝するつもりでも......。高校野球じゃないぞ、サッカーじゃないぞ、選挙じゃないぞ! 岸田さん、あまりに無神経じゃありませんか?

 第一、戦争に「必勝」なんてあり得ない。「戦争の勝者」なんて存在しない。「日本が勝った」という日露戦争でも奉天会戦で約20日間、60万人もの日露の将兵が激突。日本軍は勝利したが、約7万人の死傷者を出している。

 日露戦争の戦費は約20億円。当時の日本銀行副総裁の高橋是清が、英国に渡り外債募集までしてカネを集めた。日露戦争は外国からの借金で戦い、ようやく「勝った」が、その結果、日本は経済的な苦境に追いやられた。30年後の日中戦争。序盤で日本軍が上海周辺の国民党軍を撃破。一時は「勝利」したが、首相の近衛文麿が「講和条件が生ぬるい」と言い張り、戦いは第二次大戦となって「大敗北」した。

 戦争に「勝者」はいない。

 現在進行中のウクライナ戦争を冷静に見てみよう。「必勝しゃもじ」を送られた大統領は、「勝利」の条件として「領土の全面解放」「戦争犯罪人の引き渡し」「ロシアによる賠償金支払い」「プーチン露大統領の退任」の四つを挙げたらしい。言い分は分かる。しかし、ウクライナ軍は善戦しているが、この条件を満たす「ウクライナの完全勝利」は多分起こらないだろう。

 岸田さんに申し上げる。

「必勝しゃもじ」には気の毒ではあるが......。戦争には「勝者」は存在しないのだ!

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