サンデー毎日

コラム
青い空白い雲
2023年3月19日号
沖縄日米密約事件の西山「記者」も、横路「議員」も逝った
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牧太郎の青い空白い雲/896

 50年以上前の話だが、『毎日新聞』社会部の「駆け出し記者」だった1972年春、初めて「週刊誌のチカラ」を痛感した。今でも、あの『週刊新潮』の見出しを覚えている。「機密漏洩(ろうえい)事件―美しい日本の美しくない日本人」。『毎日新聞』は「美しくない日本人」とされてしまったのだ。

 この頃、『毎日新聞』は第3次佐藤栄作内閣との間で「沖縄返還協定の真相」を巡って対立していた。政治部のエース記者、西山太吉先輩が「アメリカが地権者に支払う土地現状復旧費用400万㌦を日本政府が肩代わりする」という密約が存在する!とスクープした。

 それに対し、政府はあくまでも「密約はない」という立場。国会では、日本社会党の横路孝弘衆院議員が外務省極秘電文のコピーを手に政府を追及した。どう見ても、本物の電文コピー。世論は時の政府を激しく批判した。結局、佐藤内閣は外務省極秘電文コピーが本物だと認めた上で、「密約」を否定。ただただ「立ち往生」だった。

 しかし、である。政府は必死で「密約情報」を漏らした人物を探し出し、外務省の女性事務官と西山先輩を機密漏洩の国家公務員法(守秘義務)違反教唆の疑いで逮捕。今でも覚えているが、その時の社会部会議。駆け出し記者は黙っていたが、多くが「西山記者の逮捕は言論の自由への国家権力の不当、断固として反権力キャンペーンを展開すべき」と叫んでいた。

 そんな頃『週刊新潮』が出た。

「西山記者は情報目当てに既婚の外務省事務官に近づき、性交渉を結んだ」と詳しく報じたのだ(もちろん、政府がリークしたのだろう)。一転して、世間の関心事は「密約の存在」から「不倫の存在」に移ってしまった。

 週刊誌のチカラが「歴史」を変えた一瞬だった。

 もう一つ、駆け出し記者が勉強したのは「二世議員は信じられない!」ということだ。この問題を追及した横路孝弘さんは横路節雄議員の倅(せがれ)。経験が少ないのか、弁護士であるにもかかわらず、政府の要求に応じて西山サイドから提供を受けた「電文コピー」をそのまま渡したのだ。コピーに「決裁欄」の印影があった。政府はこのハンコを手がかりに、漏洩元がある人物の秘書だった「女性事務官」だと知る。

 西山先輩と女性事務官の繋がりを知った佐藤首相は「ガーンと一発やってやるか」と呟(つぶや)き、逮捕に踏み切ったという。

 あれから50年。横路さんは2月2日、西山先輩は同24日、相次いで亡くなった。

 国家機密とジャーナリズムの関係は複雑だ......。佐藤さんはノーベル平和賞。横路さんは北海道知事、衆院議長を歴任。西山先輩は記者を辞めそれぞれの道を行った。

 沖縄返還から50年。事件を知る人も少なくなった。

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