サンデー毎日

コラム
青い空白い雲
2022年5月29日号
「知床の悲劇」や鉄道廃止が教える「札幌一極集中」の限界?
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牧太郎の青い空白い雲/865

 江戸時代、蝦夷(えぞ)地を探査し北加伊道(後の北海道)という名前を考案した探検家、松浦武四郎(1818〜88)。彼の『知床日誌』には「ヌサウシ。即此所を称してシレトコと云うなり」と記されている。

「ヌサウシ」とは、アイヌ語で「幣(ぬさ)がたくさんある所=祭壇」の意味だ。アイヌの人たちは、奇岩怪石が続く知床岬の最先端で、神様に御神酒(トノト)を捧げ、木幣(イナウ)を立て「安全・安心」を祈った(知床はアイヌ語の「シリエトク(大地の突端)」に由来するとの説もある)。

 そんな神様の居場所に入り込み、めちゃくちゃな運航で26人の命を奪ったとされる知床半島沖の観光船「KAZU I」の悲劇。ただ痛ましい。ゴールデンウイークの時分、テレビは連日のように「運航会社社長の強欲ぶり」を批判した。しかし、この事故の背景には「開拓の大地・北海道」の運命のようなものを感じてならない。

 いま北海道は貧乏である。たとえば、鉄道。最盛期には全長約4000㌔に及ぶ、毛細血管のようだった北海道の線路は一筆ですぐに描けるほどに減少した。最近では(けっこう利用者が多い)JR北海道根室本線の富良野〜新得間、函館本線「山線」区間(長万部(おしゃまんべ)〜余市間)が廃止の方向。観光客に人気の余市〜小樽間までも廃止!という意見も多い。新幹線が延び、長万部・倶知安(くっちゃん)・小樽には新幹線の駅ができるのだが、それ以外の地域と新幹線駅を結ぶ鉄道網は全滅!である。バスにすれば良いじゃないか?という意見も多いが、いま北海道は「札幌一極集中地域」と「その他の貧乏地域」にはっきり分けられている。

 そしてコロナ禍である。北海道の場合は観光客の急減が痛い。業者は青息吐息だ。

 そういえば、北海道観光の最盛期(多分50年くらい前)、「愛の国から幸福へ」というキャッチフレーズがあり、日本中の若者が北海道・広尾線の「幸福駅」に殺到した。「愛国駅」から「幸福駅」を結ぶ60円の切符が大ブームとなり、数年で1000万枚も売れたという。ところが、調べてみれば超人気の「幸福駅」はもともと「幸震(サツナイ)駅」と呼ばれていた。「サツ」とはアイヌ語で「乾いた」という意味。「ナイ」は「川」。「乾いた川」の札内川が流れている。

 この地に「幸福町」が誕生したのは昭和38(1963)年。「幸」はもちろん「幸震」から取ったものだが、なぜ「福」か? 実は、この十勝一帯はたび重なる水害に苦しんでいた「福井県大野郡」の人々が日本海を渡り、北海道の大地に足を踏み入れ、開拓を夢見た未開の地だった。つまり「幸福駅」の「福」は、福井県の「福」だった。

 あちこちの「アイヌ文化」と「開拓を夢見た本土文化」が混ざり合った北海道の歴史は150年余。いま道民は「札幌一極集中の始まり」に右往左往しているのだ。

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