牧太郎の青い空白い雲/853
オミクロン株蔓延(まんえん)の最中(さなか)、強権的な「検査と隔離」の北京五輪。テレビは「華々しく開催!」とお世辞を言うけれど、世界中が「習近平のメンツを守るだけ」と気づいているので、一向に盛り上がらない。
大体、五輪自体が「時代遅れ」である。
あらゆるスポーツが「世界大会」を行っている。五輪は必要ない。
メディアの中には「五輪で一儲(ひともう)け!」と思っている向きもあるが、それはホンの一部。開催した都市はその後、大赤字に苦しむ。
だというのに「2030年冬季札幌五輪」を企てている輩がいるから......困った。時代錯誤も甚だしい。
確かに、1998年の長野五輪の頃、子供たちは「大きくなったらスキー選手になってオリンピックに出る!」と興奮した。でも、その後、スキー人気は低迷。昨今、子供たちは冷静?なので「大きくなったら正社員になりたい」なんて平気で言う。
夢がない。
この間、知り合いの「中学2年生」の子息に「将来の夢」を聞いたら「役人になります」と言う。立派だ。でも、理由を聞くと「定年になっても、次の就職先があるから」
驚いた。「天下り」が夢なのか?
「天下り あるからなった 官僚に」という川柳を思い出したが、この中学2年生は俗にいう「キャリア」(国家公務員Ⅰ種合格者)を目指しているのだろう。
中央官庁に採用されたキャリア官僚は、年功序列で出世する。本省勤務、海外留学や地方勤務、他省庁への出向などを経て、ほぼ全員が課長まで昇進する。
官僚の金メダル「事務次官」になりたいが、それが無理だったら、潔く退職して「天下り」。言ってみれば、出世街道の銀メダル、銅メダル?
しかし、この「キャリア人生」も時代遅れではないだろうか?
確かに「天下り」で甘い汁を吸う人も多い。しかし、「夢のような天下り先」にたどり着くまで、キャリア組は連日、深夜まで働く。出来の悪い政治家に「アレやコレや」注文されて、適当に対応しなければならない。
出世のため、「天下り」のため、我慢する。ストレスは溜(た)まる一方だ。
やっと「天下り」したら「省庁と民間企業の癒着の温床!」と蔑(さげす)まれる。
「五輪」も時代遅れだが「キャリア五輪」は、もっともっと時代遅れ!と、僕には見えるのだが......皆さんは?