サンデー毎日

コラム
青い空白い雲
2022年1月30日号
25人の命を奪った大阪・放火男は「八百屋お七」と似ている
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牧太郎の青い空白い雲/849

「火事と喧嘩(けんか)は江戸の華」

 確かに「火消し」の働きぶりはカッコ良いが、火事は「仕組まれた華」。多くが放火だったからだ。

 例えば、享保8(1723)年からの2年間で放火犯が102人も捕らえられている。

「御定書(おさだめがき)百箇条 第七○条・火付御仕置之事」には、

「火付候者 火罪

 但焼立申さず候はば引廻之上 死罪

 人被頼火付候者 死罪

 但頼候者 火罪

 物取にて火付候者引廻之地......」

 とある。そんなリスクを背負いながら、なぜ、火をつけるのか?

 動機は「貧乏」である。

 火事で焼け出されても、失うものがない。風の強い日に火を放ち、火事の騒ぎに紛れて盗みを働く。火事場泥棒である。

 それに、奉公人が主人への報復、商売仇(がたき)への嫌がらせ。この種の放火には「身分差」と「カネ」が絡む。

 複雑な男女関係も動機の一つ。お芝居でご存じの「八百屋お七」は単純だった。天和2(1683)年に起こった「天和の大火」で焼け出された江戸本郷の八百屋一家は、近くの寺に避難したが、娘・お七は寺小姓と恋仲になる。やがて店が再建され、一家はその寺を引き払ったが、お七の寺小姓への想いは募るばかり。もう一度火事が起きたら......寺小姓に会いたい一心で放火してしまう。

 火はすぐに消し止められたが、お七は鈴ヶ森刑場で〝火炙(あぶ)り〟になった。

 長々と「江戸の放火事情」を書いてしまったが、実は、年が明けても、大阪・北新地のクリニックに放火して、25人を死亡させた「放火男」のことばかり考えていた。

 なぜ、61歳の男は自ら炎の中に突き進み、多数の人を巻き込んだのか?

 今までの放火犯とは違う新しい犯罪なのか? それを知りたい。

 男は2008年、妻と離婚。でも、本音はもう一度、一緒に暮らしたい。復縁話がもつれ、2011年に長男を出刃包丁で刺して、殺人未遂容疑で懲役4年の実刑判決を受けている。

 服役中、男は周囲に「出所したら、とにかく嫁さんとよりを戻したいんや」と話していたが......叶(かな)わなかった。

 深い孤独。分からないではない。でも、こんなこと、どこにでも転がっている。

「一人で死んでたまるか」と考え、放火した男を学者センセイは「拡大自殺」と名付けているようだが、僕の分析は昔ながらの「八百屋お七」型?

 詰まるところ、今も昔も、放火犯は「幼稚」なのだ。

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