牧太郎の青い空白い雲/837
新政権下での衆院選。岸田さんの人気はイマイチで、与党の一部では「コロナ第5波がもう少し早く収まれば、菅さんも辞めることはなかった」という声も聞かれる。
確かに、気の毒である。
事実、菅仕事師内閣はいくつか「実績」を上げている。例えば......「不妊治療の保険適用」(2020年9月)、携帯電話料金の値下げ(21年3月)、日米首脳会談での「台湾明記」(21年4月)、東京五輪、パラリンピック(21年7~9月)、デジタル庁の設置(21年9月)......。(賛否は分かれるが)それなりの実績を上げている。
コロナ対策は後手後手!だったが、コレは「未知との遭遇」。誰が首相であっても失敗しただろう。
だから、菅さんに同情する向きがあっても不思議ではない。
しかし、当方は「ある理由」で、もっと早く菅さんは辞職すべきだった!と思っている。
「ある理由」とは(何故(なぜ)か、殆(ほとん)どのメディアが〝無関心〟を装っているが)「アフガニスタンの首都カブール陥落に伴う在留邦人の退避問題」である。
多くの邦人、大使館に協力してくれた人たちを放置して、在アフガン日本大使館員12人が8月17日、英軍輸送機でドバイ(アラブ首長国連邦)経由でトルコのイスタンブールに脱出したのだ。
内乱など非常事態が起これば、大使は邦人の退避を確認した後、残った大使館員とともに脱出する!と誰もが信じていた(外務省設置法第四条では「次に掲げる事務をつかさどる」として「海外における邦人の生命及び身体の保護その他の安全に関すること」と明記している)。ところが大使が「いの一番」に逃げたのだ。
「米軍のアフガン撤退は8月末」と決まった時点で、各国は軍隊の通訳など協力者だけでなく、アフガニスタンの国づくりに関わっていた国際機関、NGO(非政府組織)で働いたアフガン人を可能な限り出国させていた。
その頃、日本政府は何もしなかった。
その上、岡田隆大使はいち早く逃げ出し、結果として、日本人や協力者とその家族が置き去りにされた。
菅政権が自衛隊機を出発させたのは各国と比べ1週間以上も遅れた。民間のチャーター機を使えば救い出せたのに......。
菅さんは8月22日の横浜市長選で頭がいっぱい。アフガンどころではなかったのか?
外交特権に守られている外務省職員は最後まで「船」に残るべきだったのに......。
世界から「日本の外交官の逃げ足の速さは金メダル級!」と言われた時点で、菅さんは辞任すべきだった。