牧太郎の青い空白い雲/823
その昔、地中海一帯を支配したローマ帝国は広大な属州から搾取した富をローマに集め、市民に「パンとサーカス」を無償で提供した。働かなくても生きていける。
娯楽を求める市民に、権力者はキルケンセス(競馬場)、アンフィテアトルム(円形闘技場)、スタディウム(競技場)などを次々に用意。毎日のように「見世物」を開催した。
食糧と娯楽で、ローマ人は「考えること」を忘れ、政治には全く無関心になっていった。
その結果......「パンとサーカス」に没頭して働くことを放棄した者と「富を求めて働く者」との貧富の差が拡大。やがてローマ帝国は没落した。
新型コロナの世界的パンデミックが起きているのに、もうじき「メダル!メダル!」の五輪狂騒曲が始まろうとしている。JOCの選手強化本部長だった山下泰裕さん(現会長)は「30個獲得すれば、金メダル数世界3位を達成可能」と胸を張っていたが、前回2016年のリオ五輪で、日本の金メダルは12個。リオ五輪を大幅に上回るのは間違いないだろう。
その理由はライバルの出場辞退。野球ではコロナを理由に中国、台湾、豪州が最終予選を辞退。男子テニスでは世界ランク3位のナダル、5位のティエム、同12位のシャポバロフが相次いで不参加を表明。馬術では北京五輪金メダリストのエリック・ラメーズが感染拡大の不安を理由に欠場する。皮肉にも、コロナが金メダル競争で開催国を応援している。
でも、金メダルが多い!と喜んではいられない。各国のワクチン事情の違いで、参加できない選手も多い。公平に行われた!とは言い兼ねる。
宮内庁の西村泰彦長官が定例記者会見で「国民の間に不安の声がある中で、ご自身が名誉総裁をお務めになるオリンピック・パラリンピックの開催が感染拡大につながらないか、ご懸念されていると拝察しています」と発言。話題になった。
「拝察」というギリギリの表現で、陛下の「本当のお気持ち」を吐露されたのだろう。
五輪強行開催の政府、それに対して、「中止・延期が好ましい! やるとすれば無観客!」という多くの民意。世論が割れたまま、中立であるべき天皇が「東京五輪の名誉総裁」として政府の「言いなり」になる。これでよいのか? 陛下は悩み続けたと思う。
「安全安心」はもちろんだが、東京五輪がオリンピック史上最も不公平な大会になることを許してよいのか?
「パンとサーカス」の五輪狂騒曲に騙(だま)され、人々は「考えること」を忘れるのではないか? 畏れ多いことだが、陛下はそうご心配されているのだ。