10月24日、ある裁判の1審判決が言い渡された。被告は「社会福祉法人グロー」(滋賀県)元理事長で、「社会福祉法人愛成会」(東京都)元理事の北岡賢剛氏だ。氏による長期間、幾度にもわたる性暴力、ハラスメント被害をうけた原告2人は、北岡氏と「社会福祉法人グロー」(以下、グロー)に対し、法的責任と損害賠償を求めて提訴した。東京地裁は、北岡氏に220万円、「グロー」に440万円の支払いを命じる判決を言い渡した。
北岡氏は福祉業界の祭典ともいわれる「アメニティーフォーラム」の運営や、「安倍総理と障害者の集い」などにも関わってきており、社会的地位や仕事上の立場を利用して加害を繰り返してきた。
特に原告2人に対しては執拗(しつよう)にハラスメント・性加害を繰り返してきた。原告のひとり、「社会福祉法人愛成会」幹部職員の木村倫さん(仮名)は2012年、北岡氏に泥酔させられホテルに連れ込まれた。朝方、意識が目覚め性暴力被害(準強制性交未遂)に遭ったと気づいた。
北岡氏の行為や言動は「日常的」に繰り返されてきたが、周囲もそれらを咎(とが)めることはしなかった。長年にわたり執拗に性加害を繰り返しており、一連のハラスメント行為や性暴力は、判決でも「不快感を与えるだけではなく、その人格的利益を違法に侵害する不法行為」と判断されたのだ。
もうひとりの原告、鈴木朝子さん(仮名)も、北岡氏による性暴力を受けた。判決は「グロー」の法人としての「安全配慮義務違反」に対し440万円の支払いを命じたが、北岡氏個人の加害責任は、3年以上前の行為であることを理由に「消滅時効が完成している」として、賠償請求は認められなかった。
「消滅時効」に関する判断は本裁判の大きな論点のひとつだった。
不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条)は、3年で消滅時効が完成する。これが障壁となり、原告鈴木さんに対する性加害は、北岡氏による最後の不法行為が15年だった(提訴は20年)ことをもってして、「消滅時効が完成している」と判断されたのだ。
しかし「性被害の事例」で、かつ、「加害者との間に権力関係がある場合」には、その被害を自覚したり、訴え出たりするまでに長い時間を要することもあり、形式的に「消滅時効」をなぞるだけでは被害の実態に即していない。そのことは、ジャニーズの件でも明らかだろう。
日本ではこうした性被害に関する民事裁判は民法709条の不法行為法という枠組みを用いて争われる。ところがこの不法行為法は「明治時代」に作られたものだ。仕事の世界における暴力とハラスメントの問題を扱う初の国際労働基準として、21年6月に発効したILO第190号条約があるが、日本は19年に採択しているものの批准していない。
権力やマジョリティーに都合の良い法律ばかりが速やかに成立し、本当に必要な人権に基づいた法律は、100年経(た)っても改定されない。そうした政治の不作為を見過ごしてはならない。
(佐藤慧)
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◇さとう・けい
1982年生まれ。フォトジャーナリスト。メディアNPO「Dialogue for People」代表理事。著書に『しあわせの牛乳』など