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2024年12月29日号
「声の新聞」を届けて37年 電話越しに伝える温もり
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「今日は何をお読みしましょうか」。札幌市のとある部屋から、優しい女性の声が電話を通じて響く。相手は、目が不自由な高齢者や障がいのある人たちだ。

「社会面に『昭和のスーパースター・力道山生誕100年』の記事がありますよ。いかがですか」。そうして新聞をすらすらと読み上げる。相手からの応答に柔らかく相槌(あいづち)を打ち、「空手チョップが有名ですよね。私も力道山は少しだけ知っています」と笑って応じる。

 札幌市身体障害者福祉センターで行われるそんな光景は、NPO法人札幌リーディングサービス「朗読110番」(桑原準子理事長)の日常だ。1987年に始まったこの活動は、新聞記事を電話で読み上げる「声の新聞」として、多くの人々に情報を提供し続けてきた。

 活動は毎週月曜、水曜、金曜の午前11時から午後2時まで行われる。専用ダイヤルに電話をかけると、その日や近日発行の『北海道新聞』などの記事を希望に応じて読んでもらえる仕組みだ。利用者に費用はかからず、通話料だけでサービスを受けられる。

 担当メンバーは毎回、利用開始の30分前に集まり、新聞を読みながら打ち合わせをする。「この方はきっと力道山の記事が好きだと思う」「阪神タイガースやヒグマの記事もおすすめしよう」と、利用者の興味に合った内容を事前に準備する。その熱意が、サービスの質を高めているのだ。

 例えばスポーツ面の全記事を読み上げる依頼には、プロ野球選手名鑑や女子ゴルファー名簿の切り抜きなど、資料を駆使して対応する。約12年間活動を続ける石塚桂子さん(71)は、「適度なスピードで、内容に応じたメリハリをつけて読み上げます。利用者の皆さんは記憶力が素晴らしく、情報が正確であることが大切です」と語る。

 利用者は北海道だけでなく、関東や関西にもいる。遠く離れた土地からの声に応えることも、メンバーたちのやりがいだ。メンバーのほうからプライベートな話を聞くことはしないが、それでも長年の会話を通じて、利用者との特別な絆が生まれる。「急に電話が来なくなると心配になります。記事や世間話で一緒に笑ったり喜んだり、温かい関係です」と、木村千鶴子さん(68)はほほ笑む。

 約40人いる会員の多くは、発起人である田中隆子・前理事長の朗読教室で技術を磨いた。中には「活動を通じて、自分自身も元気をもらっている」と語る人もいる。AI(人工知能)が普及し文字読み上げが自動化される時代だが、「相手の呼吸を感じながら伝えられるのが人間の声の良さ」と石塚さんは話す。単なる情報提供ではなく、声の温(ぬく)もりも届けることがこの活動の神髄だ。

「声の新聞」という形で37年続いてきた活動は、時代が変わっても、各地の人々に寄り添い続けている。利用者から「理解しやすく読んでくれて助かっている」「暮らしに役立っている」など感謝の言葉が届くことも少なくない。「ありがとう」の声が、メンバーたちの原動力になっている。

(一ノ瀬伸)

※「声の新聞」の番号は08013720110

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