東京大の授業料が、2025年4月の学部入学者から2割引き上げられ、現行の53万5800円から64万2960円になることが決まった。05年以来、実に20年ぶりとなる値上げには検討段階で学生らから批判の声が上がっており、今なおやまない。
その矛先は、意思決定のプロセスに向けられている。東大は1960年代後半の学生運動を経て、学生や教職員が大学自治に参画する「全構成員自治」を認めているからだ。学生の声を押し切って値上げに踏み切ったことで、この全構成員自治を軽視したと学内で指摘されている。
学生らのデモや署名運動が始まったのは、値上げの検討が報じられた5月。学生にとっては初耳だった。緊急アンケートの結果、9割超が値上げに反対だったことから、教養学部学生自治会は検討中止や学長との交渉などを求める「駒場決議」を採択した。藤井輝夫学長は6月下旬にオンラインの「総長対話」を実施して学生からの質問に答える機会を設けたが、対面での交渉は実現しなかった。
こうした活動の根底に全構成員自治がある。この理念を共有したきっかけは、医学部の研修医待遇改善を求める68年のストライキから始まった東大紛争だ。
安田講堂を舞台とした東大紛争では機動隊を導入した大学当局と学生との激しい衝突があった。69年1月には7学部による集会が開かれ、学生と当局との間で「東大確認書」が取り決められた。大学自治の権限を教授会のみに限定する考え方を否定し、学生や職員もそれぞれ権利を持っていることを認める全構成員自治が掲げられた。
55年の時を経て、全構成員自治が値上げ反対の根拠の一つになった。一部の学生は「トップダウンだ」と批判し、大学院教育学研究科の隠岐さや香教授(科学史)も「全構成員自治を無視しているかのようで疑問が残る」と指摘する。
これに対し、藤井学長は「学生との総長対話および学生アンケートを実施し、さまざまな意見・質問にも真摯(しんし)に対応してきた」という姿勢だ。双方の考えは平行線のまま値上げが決まった。
値上げ騒動は、学生運動の衰退により長らく「休眠状態」だった学生の自治活動を活性化する契機にもなった。文学部、工学部、教養学部後期課程などでは、学生有志がそれぞれ自治会復活の準備を進めているという。
背景にあるのは、黙っていたら大学の思惑通りに物事が進められていくという危機感だ。2025年度に工学部へ進学予定の小林優文さん(20)=教養学部2年=は「自治会がないと大学側から学生にとって理不尽な要求があった時に反対しきれず、不利益を被る恐れがある」と話す。
教養学部学生自治会のガリグ優悟会長(20)は「大学法人の意思決定に直接関与できるのは役員のみで、多くの学生や教職員などは排除されているという現状がある。両者の乖離(かいり)を埋めるコミュニケーションの努力が必要だ」と訴える。
値上げ騒動は、東大の自治の形骸化を浮き彫りにしたと言えるかもしれない。
(伊澤拓也)