三重県の津地方裁判所で民事部総括判事を務める裁判官の竹内浩史さん(61)が7月、勤務地によって裁判官の給与に差があるのは憲法に違反するとして、国を相手取って裁判を起こした。現役の裁判官が国を提訴するのは極めて異例だが、賃金の地域間格差への問題提起としても注目を集めている。
竹内さんが問題にしているのは、国家公務員の「地域手当」だ。人事院によると、主に民間賃金の高い地域に勤務する職員に支給され、基本給の20%(東京23区)から3%(札幌市、金沢市など)まで7段階に区分される。
竹内さんは2021年4月、名古屋高裁から津地裁に異動した。地域手当の支給割合が名古屋市の15%から津市の6%に減り、激変緩和措置はあったものの3年間で給与が約238万円減ったという。
憲法80条2項は、裁判官在任中の報酬減額を禁じており、訴状では減額された約238万円の支払いを国に求めている。また、「法の下の平等」を定めた憲法14条違反とも主張している。
提訴後、愛知県弁護士会館で記者会見した竹内さんは「地域手当」の弊害を問われ、次のように答えた。
「20%もの差をつけられると、家族を養っているし、『東京にいたい』と人事に心理的に拘束されてしまう。心ならずも『ヒラメ裁判官』と呼ばれるような裁判をしてしまう人もいるのでは。人間弱いですから」
「ヒラメ裁判官」とは、最高裁や裁判長など、上の顔色ばかりをうかがう裁判官を皮肉をこめて指す造語だ。
弁護団に協力している井上博夫・岩手大学名誉教授(財政学)によると、「小泉改革」で06年に導入された「地域手当」は地方公務員や介護報酬、幼稚園職員にも準用され、民間賃金にも影響。導入後、最低賃金の地域格差が広がったという。
「官製の作り上げられた地域格差。地域手当を何とかしないと、地域間の所得格差や賃金格差は是正されないだろう」と警告する。
竹内さんの元にも愛知県蒲郡市の中学校同窓生から「地域手当のために、蒲郡市民病院に看護師さんが来てくれない」という悲痛な声が寄せられたという。蒲郡市は地域手当の対象外で支給割合はゼロ。16%もある豊田市などに看護師が集まってしまうというのだ。
1987年に弁護士になり、名古屋市の法律事務所で16年間、公害や労働事件、市民オンブズマン活動などに力を入れた竹内さん。弁護士任官制度によって2003年、裁判官に転身した。
実名ブログ「弁護士任官どどいつ集」を綴(つづ)り、5月には『「裁判官の良心」とはなにか』(LABO)を出版。弁護士時代にはテレビのクイズ番組で優勝争いを演じたことも。記者会見ではこう呼びかけた。
「誰が何のためにこのような不合理な制度をつくり、悪用してきたのか。皆さんと一緒に謎解きをしたい」
最高裁広報課は提訴について「コメントは控えさせていただく」としている。第1回口頭弁論は10月16日、名古屋地裁で。訴訟を支援するクラウドファンデングCALL4には目標額100万円の5割余が集まっている。
(井澤宏明)